先週、祖母が亡くなった。

99歳。

母が家から居なくなった18歳の時から

私のお母さんでもあった、おばあちゃん

厳しくて

褒められたことはほぼ無い


苦しくて相談した時も

若いんだから出来るうちは全部やれ!

そう言われた。


私はちょっとやそっとでは諦めない

諦めることは教えられてこなかった


私が辞める時は諦めたときではなく

いつだって達成した時か飽きた時


楽しいことを

やりたいことを

子供の頃からいつだって全力でやろうとした


10年ほど前

飛騨高山のお祭りで見つけたワイヤーアート

70歳ぐらいのおじいちゃんが

ワイヤー1本で

しかも5分足らずで作ってくれた

トムとジェリーのワイヤーアート



文字はあとから自分で書いた

Never Give Up!

小学生でバスケットを始めた。

4年生だった。

ちょうど同じ頃から通い始めた英会話スクールで覚えた大好きな言葉。


子供の頃から自分は全く変わらない。

生涯Never Give Up!


夢がそこにある限りおばあちゃんがそこで見守ってくれている限り、ずっと私は頑張り続けようと思う。



祖母は頭が良くてついこの前までオムツも履かなければ全部自分の歯。健康で元気そのものだった。

祖母が最後はどうなるのか?想像出来ず、そんな日が来ることさえ無いように思えた。

最後の日、叔父と叔母が寄り添う中 祖母は静かに息を引き取ったそうだ。

痰が絡んで言葉はほとんど何を言ってるのか分からず息子の叔父のことさえもう記憶には無い。

叔母からLINEが来た。

そこにはこう書いてあった。


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おばあちゃんは痰が絡んで言葉なんか何を言ってるか全く分からなかったのよ。

でもね、おじさんが「コホン」

咳をした時にね、ハッキリ私には聞こえたの。「大丈夫?」って。

おじさんは長男で抱かれたこともないと言ってあの歳になってもまだ愛されなかったことを嘆いてたけどあれを聞いた時にわかったわ。母親の大きな愛なのね。

私自身も未熟でおばあちゃんとは上手くやれてたとは言えないけど口が聞けなくなる前に「本当に今までありがとう」そう言ってくれて全てが許せる気持ちになれたわラブラブ

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祖母も叔父も叔母も私にはそれぞれの悩みのような愚痴のようなことを話してくれた。

でも、祖母から叔母の悪口(愚痴)は実は一度も聞かされたことはない。

むしろ彼女を見習うよう私は言われてきた。


気持ちは口に出さなきゃ伝わらない。

そして、死んでしまってから伝わっても仕方ないんじゃないかと私は思った。