2025年4月30日(水)
なんとなくの毎日
二十九になったばかりの私は、なんとなく毎日を過ごしていた。
黒板に文字を書く音。ランドセルの鈍い音。
子どもたちの声はいつもすこし風の音に似ていた。
放課後、職員室の窓際でコーヒーを飲みながら、私はふと思った。
「このまま私は、誰かと出会わないまま年を重ねていくのかな」
そんなとき、友人にすすめられてマッチングアプリを始めた。なんとなく。深く考えず。
「優しい人がいればいいな」と思っただけだった。
何人かとやりとりをしたが、初めて会った彼は、県庁で働いているという三十歳の人だった。
「こんにちは」
そう言った彼の声は、やさしくて、少しだけ眠そうだった。
たぶんその時、私はちょっとだけ好きになってしまっていたんだと思う。
お互い、婚約破棄を経験していた。
あまりにも偶然で、でもその話題が出たとき、私たちは笑って「変なところで気が合うね」と言った。
私は元婚約者の部屋にあった観葉植物の名前さえ思い出せなかった。
彼もまた、結婚式場の予約をキャンセルした日のことを「なんか、天気だけは良かった」とだけ言った。
私たちは、それぞれの傷を、他人事のように、けれどとても近くに感じていた。
彼とは、たくさんのことで気が合った。
音楽は90年代のロック。
映画は静かで余白のあるもの。
日曜の朝の空気が好きで、夜はあまり強くなかった。
でも、食べ物だけは、どうしても合わなかった。
私は濃い味が好きで、揚げ物も平気だったけれど、彼は薄味で、野菜中心だった。
「おでんにからしつけないの?」
「お味噌汁にしめじは、ちょっと苦手で…」
なんて、細かいことがいくつもあった。
でも、私たちはなぜか喧嘩にならなかった。
「今日は君の好きなほうでいいよ」
「明日はあなたの番ね」
それで、よかった。
私は彼と一緒にいるのが好きだった。
食の好みの合わない二人のその後
彼と結婚したのは、出会ってから一年ちょっと経った春だった。
桜が咲くのが早かった年で、式の前日に雨が降って、
当日は街がまるごと洗い立ての服を着ているように見えた。
私は、彼と手をつないで歩いた。
「これから先、何があっても、この人とならきっと大丈夫」
なんて、安っぽいフレーズが心の中で何度も浮かんだ。
でも、たぶん、それは本当だった。
やがて、子どもが生まれた。
女の子だった。
夜泣きに起こされて、目の下にクマをつくりながら、
私たちは朝の光の中で、小さな命を見つめていた。
泣いたり笑ったり、哺乳瓶のミルクの匂いが部屋に漂っていた。
休日は、三人で海辺の公園に行った。
子どもは小さなバケツで砂をすくってはこぼし、
私たちはその様子を、アイスコーヒーを飲みながら見ていた。
食べものの好みは、やっぱり合わないままだった。
でも、たまに彼が「今日は君の好きな唐揚げを作ってみた」と言ってくれる。
味はちょっと薄いけど、その心がうれしくて、私は何度も「おいしい」と言う。
彼は彼で、私が作る味噌汁のしめじを避けながらも、最後まで飲み干してくれる。
「人と一緒に生きるって、きっとこういうことなんだね」
私がそう言うと、彼はふふっと笑って、
「うん、そうかもね」と言った。
風が吹く日も、雨が続く日も、子どもが熱を出す夜もあった。
でも、私たちはそのたびに、お互いを見て、
言葉ではなく、温度で支え合った。
ただ「誰かと出会いたい」と思って何気なく始めたマッチングアプリ。
そこにいたのは、やさしく笑う彼だった。
いま、朝のリビングで娘がパンをかじり、
夫が新聞をめくり、私はお弁当を詰めている。
何も特別じゃないけれど、
この世界のやわらかな底で、私は静かに幸せを感じている。
