桜の花が風に舞う頃、私は転任先の小学校に赴任した。音楽専科として、低学年以外の授業を受け持つ。理科室の隣の準備室が、私の居場所になった。


理科の先生、井上先生は五年目の中堅教師で、私より三つ年下。理系らしい、無駄のない言葉と落ち着いた佇まいで、理科室から漏れる声も、どこか機械的で静かだった。


「笠井先生、これ、理科室で拾いました」


彼はある日、音楽ノートを差し出した。三年生の男の子が忘れたらしい。私たちの会話は、いつもこんなふうに、連絡事項のやり取りだけで終わる。


だけど私は、知っていた。彼が四年生に空気の性質を教えるとき、ろうそくの火が瓶の中で消える様子を、静かに見守る目。音も匂いもないあの実験に、彼はいつも少しだけ微笑んでいた。


ある昼休み、私はふとした思いつきで、音楽室の窓からリコーダーを吹いてみた。短く、春を告げる旋律を。誰かに聞かせるつもりはなかった。でも、理科室の窓が、少しだけ開いていたのだと、後で気づいた。


「昨日の音は笠井先生ですか?」


翌日、井上先生が唐突に声をかけてきた。彼の手には、理科の教材ではなく、スケッチブックがあった。


「音楽室から、風に乗って届いたようでした。……図にしてみたんです。音の伝わり方」


彼は、空気の粒が波紋のように広がるイラストを見せてくれた。そこには、リコーダーの音が静かに空気を振るわせる様子が描かれていた。


「音は、見えない。でも、ちゃんと届くんですね」


彼の声が、いつもより少しだけ柔らかかった。


その日から、私たちの会話は少しずつ変わった。理科準備室に寄ったとき、彼が「今日の四年生、音の実験やりますよ」と知らせてくれる。私はこっそり見学し、子どもたちと一緒に驚き、笑った。


ある日、井上先生が一枚の紙を手渡してきた。


「これ、理科クラブの案内です。来週、音の実験をやるので、もしよければ一緒にどうですか?」


私はうなずきながら、なぜか少し緊張していた。職員室の誰にも聞かれたくないような、でも誰かに見つけてほしいような、そんな気持ち。


放課後の理科室で、私たちはチューニングフォークを鳴らしたり、水の入ったコップで音の高さを変えたりした。子どもたちはきゃあきゃあと騒ぎ、私は久しぶりに、音を”楽しむ”という感覚を思い出した。


クラブ活動が終わり、理科室に残ったのは私たちだけだった。


「音って、不思議ですね」私は言った。


「ええ。目に見えないけど、確かに人の心を動かす」


井上先生はそう言って、照れたように笑った。


「だから……きっと、今日みたいな時間も、残っていくんだと思います」


その言葉は、私の胸の中に、静かに降りてきた。まるで、春の終わりに降る雨のように。


それからの日々、私たちは互いの授業にときどき顔を出し、子どもたちに交じって驚き合い、笑い合った。誰かに説明する関係ではなかったけれど、いつも、そこにあった。


夏の手前、校庭の端で、井上先生がふと言った。


「音楽と理科って、遠いようで近いですね。どちらも、“なぜ”に向き合う教科だと思います」


「“なぜ”に?」


「なぜその音が響くのか。なぜ心が動くのか」


私は黙ってうなずいた。彼の言葉に、音がついているような気がした。


この春、私は少しだけ、音のない世界を信じられるようになった。