「本当に、結婚していいのかな」


職員室の隅。雨音が静かに窓を打つ放課後、私は同僚の佳奈にぽつりと呟いた。

私は紗季、33歳。小学5年生の担任。

最近プロポーズされた。付き合って2年になる彼・雄大は、市役所職員で穏やか、家事もできて、両親も優しい。文句なしの“いい人”。


それでも、心の奥につっかえるものがある。「これで本当にいいの?」という問い。

教師という仕事は、生徒にも親にも社会にも「ちゃんとしてるね」と見られる。だからこそ、自分の気持ちに蓋をして、「まあまあ幸せならOK」と言い聞かせてしまう自分がいた。


その夜、佳奈から一通のメッセージが届いた。


『結婚を迷った時のチェックリスト50個、送るね。全部書き出して、自分と向き合ってみな』



「結婚を迷った時のチェックリスト」


:現実と理想のはざま

1. 結婚=幸せだと思っていないか?

2. 一人の時間がないことに耐えられる?

3. 相手の実家と距離を取れる?

4. 教師の仕事をこのまま続けたい?

5. 自分の生活に「誰かが入る」ことを本当に望んでいる?

6. 子どもが欲しいと思う?それはいつ?

7. 相手と金銭感覚が合っている?

8. 「何となくの不安」の正体は?

9. 妥協ではなく、納得の選択か?

10. 恋愛感情があるか?


書きながら、胸がざわついた。8番目の「何となくの不安の正体」。それって――「自分が壊れてしまう」怖さだった。教師という職業は、誰かの期待に応えすぎる。結婚でも同じことを繰り返すのでは、と怖かったのだ。



:過去の自分と向き合う

11. なぜ今まで結婚しなかった?

12. 元彼との別れで学んだことは?

13. 両親の夫婦関係に影響を受けていない?

14. 過去のトラウマを相手に知られたくない?

15. 結婚して何を失いたくない?

16. 恋愛感情に固執していない?

17. 「こうあるべき」という思い込みはない?

18. 教師としての立場にとらわれていない?

19. SNSの「幸せそうな投稿」に影響されてない?20. 「理想の結婚像」は誰からの影響?

21. 結婚に失敗したくない理由は?

22. 一人でも十分幸せと言える?

23. 相手が仕事を辞めると言ったらどうする?24. 自分の「地雷」を相手が知っている?

25. 結婚後も一緒に成長したいと思える相手?


書きながら泣いた。25番目の問いで、涙が止まらなかった。私、ずっと「支えなきゃ」と思ってきた。でも、「一緒に成長し合える人」なんて、考えたこともなかった。


雄大は、いつも言ってくれる。「紗季のままでいてほしい」って。


:相手と向き合う

26. 相手の「嫌な部分」もゆるせる?

27. 家事の分担、話し合った?

28. 親との距離感は?

29. の価値観は?

30. 感情のぶつけ方に安心できる?

31. 彼の「逃げ方」を知っている?

32. 相手が落ち込んだときどうする?

33. 忙しいとき、支えてもらえた?

34. 仕事の話を共有できる?

35. 相手に「誇り」を感じる?

36. 他人に紹介したいと思える?

37. 結婚後も一緒に笑えるイメージがある?

38. 相手の夢を応援したいと思える?

39. 相手が自分の夢を応援してくれる?

40. 人生が「二人のもの」になる覚悟がある?


「40番目の問い」が重たくのしかかる。私はまだ、「私の人生」にこだわっていたのかもしれない。でも、雄大のことを考えると、「一緒にいる人生も、悪くない」と思えてくる。


:未来へのシミュレーション

41. 結婚後、5年後の生活を描ける?

42. 教師を辞めたくなったら相談できる?

43. 不妊治療などの可能性に向き合える?

44. 介護や転勤の話が出たら?

45. 自分の「人生設計」に柔軟性がある?

46. 離婚のリスクを考えたことは?

47. どんな老後を一緒に過ごしたい?

48. どんなことでも「一緒に考えられる」人?49. 「してあげる」ではなく「し合える」関係?

50. この人となら、泣きながらでも生きていける?


全て書き終えたのは、深夜2時を過ぎていた。

私はノートを閉じた。

静かにスマホを取り出して、

彼にメッセージを送った。



『プロポーズの返事、お待たせしてごめんね。私、結婚したい。雄大となら、一緒に迷いながら、ちゃんと選べると思う』



数日後、彼と並んで役所に婚姻届を提出した。

雨上がりの空は、少し眩しかった。