夕方5時を過ぎた公園は、子どもたちの声が夕焼けに溶けて、少しずつ静かになっていく。ベンチに腰を下ろした彼女は、スマホを三脚に立て、撮影の準備をしていた。


「こんにちは、ゆうこです。元保育士として、今日は“雨の日の室内遊び”についてお話しします」


ゆうこは、保育士を辞めて2年目の保育系YouTuber。最初は趣味だった動画投稿が、今では10万人以上の登録者を持つチャンネルに育っていた。


「……すごいですね、本格的」


声のしたほうを見ると、男の人が立っていた。ジャージ姿に肩から赤い笛、間違いなく教師だ。


「すみません、うるさかったですか?」


「いえ、気になってつい。あの……もしかして、“おうちで保育”のゆうこさんですか?」


ゆうこは少し驚いた。「あ、はい。よくご存じで」


「僕、小学校で教員してるんです。たまたま保護者におすすめされて見たら、めっちゃ参考になって」


その人は照れくさそうに笑った。


「田所といいます。3年生担任です」


「ゆうこです。まきば子ども園で保育士してました」


田所先生は、動画のことをいろいろ話してくれた。クラスの子どもたちにやらせてみたら、大盛り上がりだったこと。特に“新聞紙じゃんけん”が体育館で人気だったこと。ゆうこはうれしかった。誰かの役に立てていると実感する瞬間だった。


それから時々、同じ時間に公園で会うようになった。


子どもたちの話。教育の話。職員室のちょっとした愚痴。笑いながら、真剣に話す田所先生の言葉は、どこか自分の中の保育士としての心を揺さぶった。


「どうして、保育士やめたんですか?」


ある日、彼がぽつりと尋ねた。


「……人間関係が、ちょっと、ですね」


「保育が嫌いになったわけじゃないんだ」


「うん。むしろ、好きすぎて苦しかったんだと思います。子どもと向き合いたいのに、大人の事情が多すぎて」


田所先生は、ゆっくりうなずいた。


「わかる気がします。僕も1年目は、泣きながらノート書いてましたから」


「先生も、そんな時期があったんですね」


「毎日、『向いてない』って思ってました。でも……子どもが“また明日!”って笑ってくれると、また頑張れるんですよね」


そのとき、ゆうこは思った。この人と話していると、自分がまた“先生”に戻っていくような気がする、と。



秋が深まる頃、田所先生から一通のLINEが届いた。


よかったら今度、授業参観に来ませんか?

ゆうこさんの動画、子どもたちに見せたいんです。


当日、教室の後ろでそっと見守ると、子どもたちの元気な声が響いた。


「これ、知ってるー!おうちで保育のやつだ!」

「わたし、この遊びママとやったよ!」


黒板の前で、田所先生がニッコリ笑った。


「そう、今日はスペシャルゲストが来てくれました。ゆうこ先生です」


その呼び名に、思わず胸が詰まった。


“先生”と呼ばれることが、こんなにも嬉しいなんて。授業のあと、廊下で二人きりになる。


「……ありがとう。ちょっと泣きそうでした」


「こちらこそ、ありがとう。子どもたちがあんなに笑ってくれたの、あなたのおかげです」


「やっぱり、子どもと関わるのが好きなんだなって、改めて思いました」


ゆうこがそう言うと、田所先生は急に真面目な顔になった。


「僕ね、ずっと思ってたんです。ゆうこさんが保育をやめた理由はわかる。でも、それでも関わり続けようとする姿に、すごく勇気もらってるって」



ゆうこは、小さく息をのんだ。


「……僕と、一緒に子どもたちの未来を考えていきませんか?」


それは、告白のようで、人生のパートナーシップの申し出のようでもあった。


「保育士と先生。肩書きが変わっても、子どもを想う気持ちは変わらないですよね」


ゆうこはうなずいた。


「うん。私でよければ、隣にいてもいいですか?」


田所先生が笑った。


「もちろん。“ただいま”って言える場所を、一緒に作りましょう」



そう言って差し出された手を、ゆうこはしっかり握った。その手は、子どもを導くような温かさがあって、少しだけ震えていた。



でも、それが嬉しかった。


――私たちの物語は、“さようなら”じゃなくて、

“また明日”から始まる。