四月は、目まぐるしく過ぎていった。
新しい学年の担任というだけでも忙しいのに、学年主任としての調整、保護者対応、そして新任教師のサポート。けれど私は、自分の中にある妙な高揚感が、それらを不思議と軽くしているのを感じていた。
彼女は、やはり優秀だった。板書も的確で、子どもたちの反応をきちんと受け取る耳を持っていた。何より、あの静かな佇まいが、子どもたちに安心感を与えている。
ある日、私たちは帰り道を一緒に歩いた。桜はもう葉桜になっていて、風の匂いに、夏の気配が混じっていた。
「六年前のこと、ずっと引っかかってたんです。……私、あのとき、もう少し踏み込めばよかったって」
私は手を止めた。
「踏み込むって?」
「気持ちを伝えること。実習が終わるころにはもう、自分が何を感じてるのか分かってた。でも、立場とか空気とか、自分を守る言い訳ばかり考えてました」
私は目を伏せた。
「……僕も同じだ。花瀬先生がいなくなってから、あの春の記憶ばかりが残ってて。あれが何だったのか、ずっと考えてた」
彼女は、真っ直ぐ私を見つめていた。あの頃の不安げな表情ではない。教師としての覚悟と、大人としての決意が宿った瞳だった。
「時間って、ずるいですよね。遠くへ運んでくれるけど、大切なものほど置き去りにしていく」
私は笑った。
「小説みたいなことを言うね」
「好きなんです。六年前から」
「……俺もだ」
あの時と同じ風が吹いた。季節が巡っても、想いが戻る場所は、いつもこの交差点のような場所なのだと思った。
そして、私たちは初めて、教師と教師としての距離を越えて、手を取り合った。