2025年4月28日(月)


春の再会


「風のにおいがした」


小学校の教室は、春の匂いで満たされていた。

教え子たちが騒ぐ音も、誰かの笑い声も、全部、淡く遠く感じた。

私は、28歳になっていた。

子どもたちは可愛いし、仕事も好き。でも、ふとした瞬間に、どうしようもない孤独に追いかけられる。


今日、地元で高校の同窓会がある。

久しぶりに着るワンピースに袖を通して、私はなんだか心細い気持ちで家を出た。


駅前の小さな居酒屋。

わたし達は、時間を巻き戻すみたいに笑って、懐かしい話をしていた。

ビールを飲みながら、「昔さ、体育祭でさ!」とか「先生めっちゃ怒ってたよね!」とか。

みんな、少しずつ年をとって、少しずつ丸くなっていた。


「おーい、まどか!」


声にふりむくと、そこにいたのは、拓海だった。

背が高くて、昔よりも細くなって、けれど目元はあのころのままだった。

私はちょっとだけ息をのんだ。


「えっ、拓海? 久しぶり!」

「めっちゃ久しぶりじゃん。てか、まどか、変わんねーな。」


そんなふうに言われたら、だれだって少しは嬉しくなる。

私はビールのグラスを持ったまま、笑った。


「今、何してんの?」

「小学校の先生。四年生持ってる。」

「へー!すごいじゃん。」

「拓海は?」

「高校で、国語教えてる。」


一瞬、時が止まった気がした。

教える側になった彼が、想像以上にしっくりきていた。




みんながワイワイ盛り上がるなか、私たちは自然と二人で話すようになった。

気がつけば、二次会のカラオケにも行かずに、夜の公園を歩いていた。


「子どもたち、かわいいよな。でもたまに、めっちゃ泣きたくなる。」


拓海がぽつりと言った。

私も、うん、と頷いた。


「わかる。うまくいかないとき、全部自分のせいにしちゃうよね。」

「そう。あのときの子どもたちみたいに、ただ一緒に笑ってるだけでよかったのにな。」


風が吹いて、春のにおいがふわりと私たちの間を通り抜けた。

どこかで誰かの家のカレーの匂いがした。


私は、ふいに思った。

この人といると、なぜか、昔の自分に戻れる。


「なあ、まどか。」

拓海が立ち止まった。


「俺さ、なんか、ずっと探してた気がするんだ。

あのころ、すごい大事だったもの。なくしちゃいけなかったもの。」


私は静かに彼を見た。

街灯に照らされて、拓海の横顔がすこしだけ幼く見えた。


「それって、なに?」

「……たぶん、まどか、みたいな人。」


心臓が、ばくんと鳴った。

そんなの、反則だよ、と思った。


でも私は、笑った。

そして、なにも言わずに、隣に立った。


二人のその後…


それから、いくつかの季節が過ぎた。

私はまだ、小学校で四年生を教えている。

拓海も、あいかわらず高校で国語を教えている。


ときどき、互いに愚痴をこぼしながら、

駅前の小さなカフェでコーヒーを飲んで、

公園を歩いて、

春のにおいを感じる。


恋って、ドラマみたいなものじゃない。

大声で告白したり、花束を渡されたりもしなかった。

ただ、ゆっくり、静かに、必要な人にたどり着いただけだった。


そんなふうに、いま、私は生きている。