8月いっぱいで退職し、80になる伯父から2月中旬に呼吸が苦しい、水が溜まってるらしいから入院すると連絡があり、保証人になったり、大雪でタクシー来ないので病院まで送ったりした。
伯父は生涯独身で、なんでも1人でやるタイプ。
決して誰にも頼らない。
でも私たち家族のことは気にかけてくれていて、私と同居のうちの母も毎年年末には手作りおせちと1人分の握り寿司の折を持って伯父の家に行き、子供(孫)たちのお年玉をもらっていた。
昨年末は母はもう作らないと言っていたので横浜の葵が栗きんとんが食べたいと言っていたし、私が冷凍できるおせちを作り、伯父に同じものとお年玉を持って行った。去年で仕事を辞めたので初めて私からお年玉をあげた。
伯父はいつも私の味方だった。やっとなにかひとつお返しができた気がしていた。その時毎年やろうと思った。
さて2月に入院した後いっこうに様子がわからない。
コロナで面会禁止だし、連絡も来ないし。
伯父は70過ぎてから年寄りは部屋を借りることもできないと言って一軒家を建てた。
検査入院と言っていたけど入院前、家の大まかなこと、除雪の仕方、金庫の開け方、通帳のことなど私に告げて入院していった。
その家も大雪で埋もれそうだったので除雪もした。
でも帰った様子もない。もうすぐ1ヶ月になるし。
そこで私から看護師に電話してみた。
すると偶然3日後に退院する予定だとのこと。
その日はちょうど葵が帰って来ていて会社も休みを取ってた日。
迎えに行きますと伝えておき、当日病院に行くと車椅子で酸素ボンベ付きで降りて来た。
病院の担当の人が「もう介護タクシーもヘルパーさんも自分で手配してるんです」とのこと。
らしいなと思った。
介護タクシーも乗って試してみたいらしいので私と母は家に行って鍵をあけて待っていた。
そうするとヘルパーだけでなく、電動ベッド、家に置いておく酸素濃縮装置、ケアマネジャー、訪問看護師と続々と人が来る予定になっていた。
でも1ヶ月近く入院していたし、字を書くのも辛そうで歩くのも呼吸が苦しいので辛い、もちろん話すのも。
ただ指示は自分ですべてしたい。それが伯父なんだけど。病院では帰ったらひとりでやるつもりだったし、私が電話してなかったらそうだったはず。ただ思ったようにはいかないみたいでなかなかすすまない。見かねて契約書など書くのは私が担当してあげた。
もう言っても聞かないので私が書くよと言って。
そうするとそこは素直で逆に次の日にヘルパーさんが契約書を書くように話すと姪が書くからと一切書かなかったそうで。
でも家には帰ったけどやはりつらい日が続いたようで1週間後には訪問看護師に病院に行くよう指示されたらしく再入院。
肺がんだったので副作用もあるかもしれないけど少しでも良くなるならと本人も希望し抗がん剤を使うことにして1週間。
副作用もあり、効いていないようなので抗がん剤をやめて緩和治療できる病院に転院するかもしれないと言われてから2日後の夕方。
モルヒネを使っても良くならないし医師の説明もあるのですぐ来院して欲しいとのこと。
向かうと面会させてくれたけど呼吸が苦しくてやっと息してるという感じ。手を握って声聞こえる?と聞くとうなずくのもやっと。目を開けるのもやっと。今の家をどうして欲しかったとか、いろんなことが心残りだったかもしれないけど何も言えず。
伯父からは今まで親戚には言わないでと言われていたけどもうこれは言わないとと思い、夜に身内に電話。
母の妹も肺がんで亡くなったけど緩和治療できる病院に転院していたし、いろんな頼み事をする時間はあると伯父も思ってた気がする。
命なんて予想できるものじゃない。
わかってるけど、お礼の一言も言う時間も欲しかったし、最期に立ち会いたかった。
次の日の昼前に電話が来て昨日は睡眠導入剤で眠れたようで朝は水を飲んだんですよと言われた。
今行かなくていいですかと聞くと大丈夫と言われた。
また夕方に悪くなって呼び出されても困るからシャワー入っておこうと私から母に話した。
すると2人が髪を乾かし終わった瞬間に脈が弱くなっているからすぐ来てくださいと電話が来て。
コロナで会えないから呼び出されてから向かっても間に合わない。
もう電話をしてくれた時には呼吸はとまっていたみたい。
入院から40日ほどで亡くなってしまった。
母からのちに考えてみたらあれは死に水だったのかねえと言われた。
昔からの言い伝えを母はたまにする。
子供の時から昔からこういうんだよといろんなことを教えてくれる。
そんなこんなで葬儀も私が仕切って今相続の手続きもやっている。
相続人ではないけど、こんなことで少しでも恩返しになればと。
お寺の宗派も一緒なので祖父母からの納骨堂はうちで今後もみていくことになった。
うちの父もいるから私は2家族の仏様をみていくことになった。
ひとりが好きな伯父だから騒がしい我が家はうるさいだろうけど。
最後の墓じまいも私が考えないといけないかな。
家はほんとはどうしたかったのかなあ。
とりあえず私に説明してくれたということは私たち(母)が持ってた方がいいのかな。
連絡取れない親戚もいて、そんな手続きのまだ最中。
父が亡くなった時も部屋で眠ったように亡くなったので心の準備もないままだった。
今回もそう。
相続の手続きをしながらこれでいいのかと考えながらやっている。
ひとりで動いてひとりでモヤモヤしていたので
書いてみたけど…長くなった