手のないママのところにやってきた宝物。。。 -50ページ目

手のないママのところにやってきた宝物。。。

両腕のない母のところにやってきた✨天使✨

でも、、我が子も
先天性四肢欠損。
先天性右足内反足。
先天性左足脛骨欠損。
という手と足に障害を持ってやってきた!

障害者が障害児を育てる。人生と子育ての記録。

中学2年生になりました。

ガラが悪かった一つ上の先輩達が
3年生になり私の中学生活は大きく変わりました。
そして、2年生になると進路の話も出るようになりそれも私を苦しめました。

調子に乗っていた私は先輩達や同級生のボスグループからのいじめにあいました。
廊下ですれ違うと足をかけようとされたり。
睨まれたりすれ違うと舌打ちや陰口を言われたり同級生も先輩に目をつけられてる私と
ちょっと距離を置かれるようになりました。
全て今思うと私が調子に乗った結果です。

それでも、部活は楽しくて学校も楽しくて先輩達からのいじめなんてへっちゃらでした。
そんななか、1年の時から同じサッカー部で選手だった女子がケガをしてマネージャーになることに。部活でもマネージャーはいらない。などの言葉を掛けられるようになり自分のいる意味。を考えるようになりました。
そして、あまりの言われように夏休みにマネージャー2人で部活を1カ月ほど休むことにしました。
その時は休んだらマネージャーの必要性を感じてくれるのでは。と思ったからです。

でも、1週間2週間までは帰ってきてくれと言ってくれてた部員が1カ月近くなると逆に呆れられほっとかれるように。
そこからです。私の人生が大きく変わり
部活に復帰しても、もっと居なくてもいい。という態度を取られるように。
それでも部活に通いました。負けたくない。弱くなりたくない。ただその一心で。

そんなして夏休みが終わり2学期。
学校が始まるとやる気が出ない自分に気がつきました。
部活にも行きたくなく。エンジン切れ。という感じでした。
そして、追い打ちをかけるようにある出来事が起こりました。。。。

つぎへ。。。
人生の振り返り③
から長く期間ががあいてしまいました。
今回は中学時代のお話。。。

中学校に入学しドキドキワクワクの中学生活が始まりました。
私は部活が楽しみで仕方がありませんでした。
ただ、、、できる部活がありません。
小学生のころはソフトテニスをしていましたが中学生のレベルにはもうついて行ける自信もなくなにより女性だけの部活は怖いからNG。

そんななか、私が入ったのはサッカー部。
しかもマネージャーで入れてもらいました。
中学でマネージャーがいるところは私の田舎ではどこもありません。私の中学ももちろんありませんでした。
ただ、幼なじみのお兄ちゃんが入っていたこともかりイケるのでは?と思った私は
入学前にあった見学会の時
初めて会う顧問の先生に頼み込みました。
「とうか、マネージャーで入れてください!!」
その日には返事は貰えませんでしたが
入学までに部員や保護者と話し合いをしていただき入学と同時にマネージャーとして入部する事が出来たのです。

それからは、体力的にキツいながらも楽しい毎日が始まりました。

部室の掃除にスケジュール管理、飲み物の準備にボール拾い。出来ないこともたくさんある中男子は優しくて手伝ってくれることもたくさん。
ほんとうに青春。でした。
ただ、、、
1年にして2.3年の女子からは嫌われ者。
そりゃそうですね。
1年でマネージャー。
1年のくせして3年のキャプテンと打ち合わせや会いにいかないといけない。
先輩たちがみんな心配して優しくしてくれる。
そして、私も悪いのが調子に乗り校則違反ギリギリのことを1年生にしてやり広げ3年の先輩と付き合い。もう、攻撃対象決定です。
それでも1年の時は本当に楽しい中学生活を過ごしました。今思い出しても楽しかったと言えます。

そして、私の人生が大きく変わった2年生。。。
人生で初めての大きな壁と挫折にぶつかりました、、、、。

つぎへ。


こんにちは(*^^*)

今週から娘がついに保育園に
まだ、慣らし保育なのですが
1日目、1時間〜 泣くこともなく
すんなり遊んで帰って来ました。

2日目、ママが居なくなることがわかり1時間半の泣き暴れ大変だったよう(^_^;)

3日目、別れ際、泣いたが後は泣きやみ先生に抱っこされながらの1時間半

4日目、別れ際も泣くことなくバイバイと言い友達と遊べた2時間。

少しずつ慣れてきたところで土日のお休みでまた月曜日から振り出しに戻らなければ良いなと思っています

そんな感じで、私がお迎えに行くと
10人程の園児に取り囲まれて
娘より私の事で質問攻め笑い泣き(*^^*)