手のないママのところにやってきた宝物。。。 -43ページ目

手のないママのところにやってきた宝物。。。

両腕のない母のところにやってきた✨天使✨

でも、、我が子も
先天性四肢欠損。
先天性右足内反足。
先天性左足脛骨欠損。
という手と足に障害を持ってやってきた!

障害者が障害児を育てる。人生と子育ての記録。

こんばんは。
今週は、寒いですね。。。
インフルエンザが凄く流行っているみたいで
我が家も予防してインフルエンザにならないように。と心がけて過ごしています。

でも、、、、、まさかの、、、、

娘が月曜日から「溶連菌感染症」になりまして(°_°)
今週、1週間念の為に保育園おやすみ。

日曜日の夜中に、身体が痒い痒い。と言って
全然寝れない様子、、、
背中にブツブツが出て、乾燥かな?と思いながらも
これは、ちょっといつもと違うな?と思いながら
月曜日の朝。熱はなし。
保育園に行かせるか悩みに悩み。
でも、発疹はまだある。
いつもなら、家にある薬でなんとかするレベル。
ちょっと、おかしいぞ?と思い、病院へ。

一応、私にも母親の勘。というものがあったらしい(笑)

病院へ行くと、
「溶連菌も発疹出るから念の為に調べるね〜」
と言われ、熱もないし違うな。と勝手に思って待つ。
呼ばれて、検査結果見ても棒線が1つ。だったので
インフルエンザの検査と同じと思い陰性。と勝手に思う(笑)
でも、先生が「溶連菌感染症は〜抗生剤飲んで24時間経てば保育園行けるので〜」
などと話し出す、、、、
そこでやっと気がつく(笑)
「え!?溶連菌ですか!?」と聞き返す(°_°)
まさか、まさかの展開で拍子抜け(  ゚ ▽ ゚ ;)

今流行りのインフルエンザ。ではなく
溶連菌ですか。。。と
でも、実は甘くみたらいけないらしく
1週間ちょっとは抗生剤を飲み続けないといけないらしいですね(+_+)

当の本人は、熱もなし。食欲旺盛。
保育園にも行かないでいいし
好きなこと出来るしでやりたい放題。
本当なら昨日から登園okだったのですが鼻水だけが酷く、大事をとっておやすみさせ。やっっと週末を迎えました、、、、!!

明日は、久しぶりのリハビリからの
友人達とのお泊まり会✨✨
私もちょっと週末で息抜きして
来週は保育園に行ってくれることを願うのみ。

今、インフルエンザが本当に凄いみたいですね。
どうか、どうか、インフルエンザの流行だけには乗りませんように、、、、、★

前回の記事から少し期間があきましたが
また、少しずつ過去のことを書こうと思います。

私は娘が生まれてから誰1人自分から
「生まれたよ」と
言うことが出来ませんでした。
今、思い返しても娘に申し訳なく
最低だな。と思います。
でも、これが私の現実でした。。。

私は逆子だったため計画的帝王切開だったので
友人達は生まれる日がわかって居ました。
みーんな、生まれたら連絡してね✨してね✨
と前日に連絡があり。
その中には、妊娠中に胎児がこういう障がいがあるかもしれない。と知っている友人も居ました。

出産当日は、一晩中、痛みと意識朦朧で連絡が出来ませんでしたが、次の日も次の日も私は連絡する勇気がありませんでした。
そんななかで、生まれた日に
旦那の連絡先を知っている友人達はみんな
旦那へ連絡し状況を把握。
友人たちは私からの連絡を待とうとあえて連絡をして来ませんでした。

翌日になっても私は娘の障がいを知ったらどう思うだろう。と連絡が出来ませんでした。
そうしていると親友たちから連絡が来ました。

「おめでとう」
「よく頑張ったね」
「早く会いたいよ」
そう書いてありました。
でも、続きがありました。

親友たちからは
「旦那さんから聞いたよ。よく頑張ったね。
あなたの子どもが障がいがあるないは私達には関係ない」と

また「もし逆に私の子どもが障がいがあったり寝たきりの子どもだったらあなたは気にするの?気にしないでしょ?」
↑このような、内容のLINEが。ちょっと説教気味に。

1人1人のLINEをスクショするくらい
嬉しかった。
当たり障りのない内容じゃなくて
説教くさかったり、全力であなたたちの力になるよって内容だったり。

親友たちは小中学校からの仲。
障がいどうこうなんて思う人達なら
私とも仲良くなってないよね。と
冷静になったら思うのに
あの頃は、全てが私を否定してるような
そんな感覚でした。
きっと、私が一番自分を否定してた頃。

人の暖かさに改めて触れた日。
今思い出しても、やっぱり胸が熱くなる。

こんな、仲間がいる事を嬉しくそして誇りに思います。

そして、無事に退院の日が来ました、、、、。


生後7日目。
娘と共に退院しました。
個人病院では帝王切開だと10日ほど入院みたいですが私の出産した所は市が運営する病院。
帝王切開の人は順調に行けば7日間の入院です。

私は、肉体的には順調に回復。
出産前に術後は2週間ほど足が使えないだろうと言われながらも実際は術後4・5日で足も使えました。

退院前日の夜。
本音は退院したくなかったです。
病院の中は、全てに配慮されてて居心地がいい
娘を抱いて外に出る勇気がない。
明日が来るのが怖かった。
私自身で、人からの視線も、言葉も、すべて体験して慣れているはずなのに、、、
我が子が同じ立場にあうと思うと辛い。悲しい。

退院当日、準備をし手続きを済ませる。
ここで、助産師さんと授乳外来のことでバトル
出産前から担当の助産師は
「家から病院までの距離が遠いけどそれでも良いならどうかあったらすぐにおいでね」と話していたのに当日の助産師のおばさんが 

「家から遠いから転院前の近くの病院で母乳外来を受けた方がいいよ。と強く勧められる」
私は内心。それどころじゃない。まず娘を連れて他の病院へ行く勇気さえこの時にはない。
あまりにも、近くに行け行けと言われてパニック。

何もかもから逃げだしたい。と思い
退院した記憶が、、、
そして、病室を出るとき
娘をおくるみに包み腕も足も隠す。

隠している自分に嫌気がさすが
出す勇気もないくらい精神はボロボロ。

退院の日は、日曜日で外来はお休み
薄暗い待合室を抜けて入口を目指して歩くのが
長ーい長ーいトンネルを歩いてるようだった。

病院から直接、義実家で妊娠中に我慢していた
お寿司で退院祝い。
この時も義父はいない。
完全に避けられていました。でも仕方ない。
私のせいなんだから。責められても仕方ない、、、
そう自分に言い聞かせて。
でも、お寿司を食べながら涙がボロボロ

娘は可愛いのに。
世界から取り残されている。
時間が進んでいない気がして。

この日、自宅のアパートに戻り
ついに娘との生活が始まりました。
実母が仕事を休んで2ヶ月間一緒に住み、
その後は義父に避けられてる
義実家で首が座るまで暮らすことに。。。

「一難去ってまた一難」

義実家での出来事をまた暇なときに
記録として綴りたいと思います。。。