「はぁはぁはぁ、怖いけど・・・すっごく
怖いけど!」
突然モンスターが現れ、自分の名前を呼ばれ、
へんてこなスライムに肩に乗られ、さらわれるから
逃げろと言う。
「何が何だかわからないけど、ここはあたしが
動かなきゃ!・・・絶対!!」
そしておにこんぼうの棍棒が振り下ろされた。
「ぬぬう・・・万事休すじゃ!!」
「あたしが”もも”だよ!」
その声に寸前でピタリと止まる棍棒。そしてギラリと
した目がももを捉える。
「こ、これ!来てはいかん!!逃げるんじゃ!!」
震える、足も手も、心も。こんな巨大なモンスターは
見たことがない。その重圧だけで気を失ってしまい
そうだ。
「お前か。探す手間が省けた、殺しはしない。
こっちへ来い。」
「逃げろと言っておる!」
校長がももの前にでようとする、しかしおにこんぼうは
長い尻尾をしならせた。
ドガ!!!
「ぐはぁあ・・・・!!」
「!!! 校長先生!」
軽く吹き飛ばされ、校長は地面にうずくまった。
「死にたくなければもう動くな。」
震える体が止まらない、地面が揺れているのか
自分が揺れているのか、恐怖で押し潰されて
しまいそうだ。遠くの方で先生の声が聞こえる。
「あ、あたしを・・・なんで・・・」
ブン!と棍棒を肩に担ぎなおしおにこんぼうは言う。
「人質だ。それ以上でも以下でもない。」
そう言うとおにこんぼうは何かに気付いたような
素振りをみせた。
「おい、お前の肩のソレはスライムだな。”ライム”か?」
おにこんぼうがずいっと一歩ももに近づく。
「メイジキメラ5体に追わせてきっちり殺せと
言っておいたはずだがなぁ?ライムよ。」
「みん様のくれた指輪のおかげさ。それとボクを
気安く呼ぶなよ!でくのぼう!!」
「おにこんぼうだ。」
ももはスライムのライムが言った言葉に驚きを
隠せなかった、ライムがいったみん様とは
「え?お母さん、の事?」
肩のライムがぷるるんと震える。
「そうだよ、ボクはライム。ももの母上、みん様の
仲魔さ!そしてボクはキミに会いに来た。」
恐怖で震える体とか、目の前のモンスターとか、一瞬で
消えてしまうほどの衝撃だった。
「い、い、い、生きてるのぉぉぉおお??!!お母さん!」
その時、頭上から影が落ちてくる。
ズドガン!!
ももの目の前で巨大な棍棒が軋む。
「ちいせえのがごちゃごちゃとうるせえ!うっかり
手が滑って殺してしまうぞグヘヘヘヘ!
あの野郎も回りくどい事せずに、さくっと
やっちまえばいいのによぉ。」
何故かもう震えは無い。お母さんが生きていると言う事、
そして仲魔をあたしの元に送ってくれた、どこかであたしを
想ってくれてる!まだなにがなにやらわからないけれど
それだけで底なしに勇気がわいてくる。
「ライム!あたしこんなのにさらわれたくない!でも、
どうしよう!」
「だからボクが来たのさ。」
ライムはももの肩からピョンと右手に乗った。
「もも、さっきみたいにボクに”気”を送って。そして
何でもいいから強そうな武器を想像するんだ!」
「き?ホイミの事かな?」
「それそれ。」
何かをしようとする二人におにこんぼうはもう一度
棍棒を振りかぶった。
「グヘヘ、もう面倒だ。軽く気絶させてつまんでいくと
するか。ち、まったく小賢しい。」
ブォ!躊躇なく振り下ろされたソレは軽く気絶所ではない。
当たれば即死だ。
ライムを右手に握りしめ、目を閉じるもも。イメージは
出来た、後は
「ホイミ!」
青白い閃光とともにライムは剣へと変化した。それは
誰も見た事がないであろう、世界に一つの剣。
頭の中に声が響く。
(もも!一歩前に飛んで!!)
ズドーーーン!!
叩きつけられた棍棒、圧倒的な体格差故に出来る死角。
棍棒と腕の付け根の間にできる隙間にももは飛び込んだ。
「やぁ!!」
常識的に考えれば非力なプクリポのまだ冒険者にも
なっていない者が振る剣が、おにこんぼうの丸太の
ような腕を斬り裂けるわけがない。
ブシャァァァァァアアアアア!!
だが、例外もあるようだ。小さな手に握られた
その剣は、ももの頭上で綺麗な弧を描きおにこんぼうの
腕を真っ二つに斬り落とした。
「グォォォオオオオオオオ!!」
「俺の、俺の腕がぁぁぁあああああ!!」
狂ったように叫び、のた打ち回るおにこんぼう。
まるで計算違いだったろうこの結末に、思考が
追いつかないようだ。
「お、俺の腕・・・どうして落ちてる・・??!!」
「グヘヘヘヘ!プクリポめぇぇえええ!!」
「滅ぼす滅ぼす!さっさと滅ぼせ!!!」
その時、暴れ狂うおにこんぼうを静かに包み込む
ように黒い霧が現れた。
「あ!あれは・・・!」
一瞬にして剣からスライムに戻ったライムが、ももの
体をぐいぐいと押す。
「もも!離れて!吸い込まれると危険だよ!」
「え?な、なに?!」
黒い霧はやがておにこんぼうを飲み込み、渦を巻く。
そしてその場の空間ごと飲み込むように消え去った。
■
■
■
「助かった、ようじゃのぉ。」
わき腹を押さえてヨロヨロと立ち上がる校長先生。
魔法の杖を支えに歩こうとするが、ポッキリと折れて
しまい尻餅をついてしまう。
「校長先生!大丈夫ですか?」
ももが心配そうに駆け寄る。
「け、経費で落ちるかの、これは。。。トホホ。
しかし、おまえさん。少し変わっておるのぉ。」
校長はももをじろじろと見ている。そして肩のライムを
ぷにぷにぷにぷにと触りだす。
「こんな辺境の村には、ちと大事な出来事じゃ。
小さなとこでは大体小さな事しか起こらん。」
「これは、どこかの大きな波の余波じゃな?
スライムよ。おぬしは知っておろう。」
ライムはぷるるんと跳ねる。
「ボクはももに会いに来たんだ。その途中であいつらに
見つかっちゃって・・・」
申し訳なさそうに少し俯いたライム。
「ボクの役目はももをガートラントまで連れていく
事なんだ!ももの事だってすぐにわかったよ!
みん様と同じ”気”だったからね!」
「き?」
と首をかしげるもも。
「そう、それじゃ。この子は・・・おっと皆が
集まってきたぞぃ。一旦話は終わりじゃ。」
奥の校舎から先生や生徒、そして他の先生達や生徒達も
続々と校庭に集まってきた。もう大丈夫と言う事を皆に
伝える校長先生。
「ももちゃん!なんて危険な事を!!」
先生がももを抱きしめる。微かに震えている。
「ご、ごめんなさい・・・先生。」
「あのモンスターのせいでももちゃん見えなかったから
ほんとに、潰されちゃったのかと、ほんとに・・・」
ライムが剣になったとか、ももがおにこんぼうの腕を
斬り落としたとかはどうやら見られてはいないようだ。
~それから後の時間は大忙しだった。結界の張りなおし、
へこんだ地面、割れたガラス、修繕の為にその日の授業は
すべて潰れてしまったのだった。
■
■
■
作業が終わる頃にはもう陽は沈みかけていた。生徒の多くも
既に帰り、今日という日の最後のオレンジ色の光は静かに
暖かく学校を照らす、昼間の出来事は嘘のように。
後で話すことになっていた校長先生は、作業中ぎっくり腰に
襲われて今だ医務室でうなっているそうだ。
「帰ろっか、ライム。」
ももの耳には小さなスライムのピアスが。それがぷるるんと
揺れる。そしてポン!と原寸大に戻り肩に乗っかった。
色々とややこしくなりそうだったので、ピアスに変化して
いたのだ。
「いっぱいいっぱい聞きたい事あるけど・・・うーん・・・」
「お母さんの事は後でゆっくりと聞かなきゃ、剣の事も、それに
・・・うーん・・・いやでもやっぱり・・」
帰路の途中、ももは何から聞いていいのか決められずに
ずっとこの調子だった。
「うーん・・・うーん・・・うーん・・・」
そして家に着いた。
「お爺ちゃんと3人で話そ!ライム!」
ただいま、と元気よくドアを開け、出迎えたお爺ちゃんに
今日の出来事を聞かせた。喜怒哀楽全てを出して話す
ももをお爺ちゃんは髭をさすりながら、時折ライムを
ぷにぷにしながら聞いていた。
「ふむふむ、なるほどなるほど。詳しい話はいまいち
わからんが、ももは旅に出なきゃならんのじゃな?」
「え?お爺ちゃん、話聞いてた?」
髭をさすりながら言う。
「しかし、意外に早い展開じゃ。」
夜になると少し冷え込む季節になってきた。薪を暖炉に
くべて火をつける。そして髭をさする。
「いいか、もも。内緒にしていたがお前の母さんは
生きておる!」
「うん、それもさっき話したよね。」
お爺ちゃんはライムに手招きをした。
「見ておれ、ももよ。」
ライムを手のひらに乗せるとお爺ちゃんは、フっと軽く
息をはきライムに”気”を流し込んだ。
青白く光ったライムはなんと盾に変化した。
「!!! すごい! お爺ちゃんもできるんだ!ホイミで?」
「ん?ホイミ?」
首をかしげたお爺ちゃん。ライムに元に戻るように言うと
ポヨンと膝の上に落ち着く。
「よいか、もも。これはクル家に受け継がれる性質じゃ。
少し難しいがよく聞くんじゃぞ。」
ライムをお爺ちゃんから奪い、自分の膝の上に置く。
そして真剣な眼差しで前のめりになるもも。
「世間一般に言われておるMPは体内に常に蓄積されておる。
そして必要な時必要な分だけそこから消費され、魔法や
技として撃ちだされる。」
「そして世間一般に言われておる”気”は体内には無い。
修行で心身を鍛え、一時的に作り出すモノなのじゃ。」
「それを己の力として一時的に使ったり、波動として瞬間的な
爆発力で発散して敵を怯ませたり衝撃をあたえたりするのじゃ。」
うんうん、とうなずくもも。
「我らプクリポは、他の種族の約2倍のMPを持つ。個人差は
あるんじゃがな。その代り、”気”というものは苦手と
言われておる。それは何故か?」
なぜ?と首をかしげるもも。
「MPをためる器というものは、どの種族も同じじゃ。多かれ
少なかれ決められた器の中に蓄積されておる。
MPとは質量の無い数字と思えばよい。」
傾げた首が戻らなくなっているもも。
「つまり、決められた箱でも質量の無い数字ならば、修行すれば
するほどその入れられる数字は上がっていくというわけじゃな。」
とりあえず頷いてみるもも。
「そしてプクリポは他の種族よりMPが多い。他の種族が修行で
1のMPを得られる時、プクリポは2を得る。これは修行すれば
するほど絶対的な差として現れるのじゃ。」
「長くなってしまったの、ここからが本番じゃ。」
と言い髭をゆっくりとさする。
「では”気”。これに器は無い。作り出し、それを体内
もしくは身体に一時的に溜める、留めるのじゃ。」
「使いこなせれば強いんじゃが、弱点もある。気を維持するには
かなりの集中がいる。敵からの強い攻撃で体制を崩されれば
いとも簡単に気は消えてしまう。」
「そしてここが肝心じゃぞ、体の大きな者ほど大きな気を溜め、
留めておけるのじゃ。」
「オーガとプクリポ、同じレベルの者同士が気を撃ちあえば
勝つのはオーガじゃ。」
ももは人差し指を額にあて、うーんとうなっている。
「お爺ちゃん、あたしもMP多いのかな?というか、あるのかな?
どんなに練習しても攻撃魔法は出来ないままだし・・・」
目を閉じ、うんうんと頷くお爺ちゃん。
「ここからが本番じゃもも。」
さっき言ったよね、とライムに目で言う。
「クル家の受け継がれる性質、それはMPとして体内に
蓄えられてるモノがMPではなく”気”という事じゃ。」
■
■
■
「えーと・・・えむぴーが、き・・・?」
髭をさすっていた手がピタリと止まり、カッと目が開く。
「我らクル家の者は皆、蓄えてはおけない気を体内に
MPの代わりとして常時蓄えておるのじゃ!!」
静かに目を閉じ再び髭をさすりだす。
「わしはそれに気づくのが遅かった、そもそも冒険者
にはならんかったからの。」
そして少し虚空を見つめ、思い出の引き出しをゆっくり
と開けていく。
「みんがお前を生んだのが18の時じゃったか。ももと
同じように魔法がからっきしだったからの、冒険者に
なるのはほぼ諦めていたんじゃ。」
「わしは気の事は話さんかった、話した所でどうかなる
とも思わんかったのじゃよ・・・じゃがある出来事で
みんはその力を知ったんじゃ。」
「ある出来事?」
夜も少しふけ、ぷるんぷるんとうたた寝をしているライム。
「みんの愛した男であり、お前の父でもあるリョカの死じゃ。」
■
■
■
「あたし、お母さんの事はお爺ちゃんから色々聞いて
すっごい戦士で、強くて、でもあたしを守って死んだって。
もう!嘘ついて!」
膨らましたほっぺはまるでライムのようだ。
「でも、そんなお母さんに憧れて、戦士になって近づきたい
って思って。でも、お父さんの事は何も・・・」
「お前が生まれた日、その病院はモンスターに
襲われたんじゃ。」
髭をさすりながら再び語りだす。
「今でこそ仲魔というのは一般的になったが、その当時は
まだまだ極々僅かな熟練の冒険者のみが、仲魔を連れて
いてな。非常に珍しかった。」
「その日、病院に仲魔を連れた冒険者が来たんじゃ。恐らく
病院側が呼んだんじゃろう。」
「生まれたばかりのお前を抱いたみんのそばには、わしと
リョカもおった。」
「リョカも当時は優秀な魔法使いでな、生まれてきた
子供にと、小さなスライムを仲魔にしておった。」
お爺ちゃんは、愛おしそうにライムを見た。
「え?! ライムってもしかして!」
お爺ちゃんはニッコリとほほ笑み、そしてその笑みは
ゆっくりと消えていった。
「それは、隣の病室で起こった。冒険者の連れていた
仲魔が突然狂暴化したんじゃ。」
「え?」
ぎゅっと手をにぎるもも。
「力量に見合わぬモンスターを連れていたんじゃよ、
狂暴化したモンスターは主だった冒険者を引き裂き
壁を破壊し、わしらの病室に入ってきたんじゃ。」
話の先を見透かしたように、ももの唇は震えた。
「リョカは優秀な魔法使いじゃ、変化を感じた時には
既に床には暴走魔法陣がはられておってな。モンスターが
侵入してきた瞬間には魔法が唱えられておった。」
小さくなった暖炉の火に薪を一つ投げ入れた。
「じゃが、狂暴化したモンスターは通常時の数倍の
強さという。仲魔として抑圧されていた力が、
何かのきっかけで一気に解き放たれ、それを制御
できずに狂暴化するんじゃ。」
「撃つも効かぬ。叫べど生まれたばかりの子と、出産した
ばかりの疲弊した妻。逃げる事は難しかった。」
「わしは無我夢中でリョカの前に飛び出し、盾になろうと
していた。ここはわしが死んででも、と、な。」
「リョカはそれを許さんかった、許してくれんかった。」
「あやつは、ひきよせのすずを使いおった。モンスターを
引き寄せるアイテムじゃ。なんであんなものを、、、」
髭をさする手が震えている。
「そして、雄たけびをあげたモンスターがリョカに
食らいついた、鋭い牙でな・・・」
流れる涙がももの頬をつたう。
「あやつは、リョカはその短い時間で両手に魔法を
幾重にも重ね詠唱しておったんじゃ、その魔法は・・・」
”マホトラ”
「制御できないエネルギーで暴走しているなら、その
エネルギーを一気に吸い取ればいいと考えたんじゃろう。」
「それは見事に正解じゃった。食らいつかれた瞬間、モンスター
の頭を両の手ではさみ、幾重ものマホトラで暴走したエネルギー
を吸い取ったのじゃ。」
~かわいいなあ、さすが俺の娘だ。
泣くな、みん。 男は家族を護るもんだ。
そうだ、思いついたよ。 名前。
そのほっぺを見てみな まるで桃じゃないか
”もも”が いい。
■
■
■
「自分の娘の悲痛な叫び声は、一生耳から消えぬものよ・・・」
いつの間にかももは涙を流していなかった。必死に堪え、
涙で潤んだ目でも凛として、でも唇は震えたままで。
「その時じゃな、声にならない叫びをあげるみんの体から
大量の気が溢れ出したのは。」
「そして、もも、お前と一緒に抱かれていたスライムが
変化したのじゃ。それは小さくて細く、じゃがとても
鋭い気で覆われた剣に。」
「リョカによってモンスターは一時的に静まってはいた
が、一度狂暴化したモンスターは元には戻らない。」
~もも、これがあなたのお父さん。
しっかり見ておきなさい。
私とあなたを命を懸けて護った人。
ふふ まだ目開いてないわよね。
でも、しっかりと感じておきなさい。 もも。
ももを抱いたまま、盾となりもう息をしていないリョカを
背中から抱きしめる。まだ残る温もりがももに伝わる。
そして、青白く、鋭く光る剣は、静かにモンスターを
貫いた。
■
■
■
其の三に続く。
怖いけど!」
突然モンスターが現れ、自分の名前を呼ばれ、
へんてこなスライムに肩に乗られ、さらわれるから
逃げろと言う。
「何が何だかわからないけど、ここはあたしが
動かなきゃ!・・・絶対!!」
そしておにこんぼうの棍棒が振り下ろされた。
「ぬぬう・・・万事休すじゃ!!」
「あたしが”もも”だよ!」
その声に寸前でピタリと止まる棍棒。そしてギラリと
した目がももを捉える。
「こ、これ!来てはいかん!!逃げるんじゃ!!」
震える、足も手も、心も。こんな巨大なモンスターは
見たことがない。その重圧だけで気を失ってしまい
そうだ。
「お前か。探す手間が省けた、殺しはしない。
こっちへ来い。」
「逃げろと言っておる!」
校長がももの前にでようとする、しかしおにこんぼうは
長い尻尾をしならせた。
ドガ!!!
「ぐはぁあ・・・・!!」
「!!! 校長先生!」
軽く吹き飛ばされ、校長は地面にうずくまった。
「死にたくなければもう動くな。」
震える体が止まらない、地面が揺れているのか
自分が揺れているのか、恐怖で押し潰されて
しまいそうだ。遠くの方で先生の声が聞こえる。
「あ、あたしを・・・なんで・・・」
ブン!と棍棒を肩に担ぎなおしおにこんぼうは言う。
「人質だ。それ以上でも以下でもない。」
そう言うとおにこんぼうは何かに気付いたような
素振りをみせた。
「おい、お前の肩のソレはスライムだな。”ライム”か?」
おにこんぼうがずいっと一歩ももに近づく。
「メイジキメラ5体に追わせてきっちり殺せと
言っておいたはずだがなぁ?ライムよ。」
「みん様のくれた指輪のおかげさ。それとボクを
気安く呼ぶなよ!でくのぼう!!」
「おにこんぼうだ。」
ももはスライムのライムが言った言葉に驚きを
隠せなかった、ライムがいったみん様とは
「え?お母さん、の事?」
肩のライムがぷるるんと震える。
「そうだよ、ボクはライム。ももの母上、みん様の
仲魔さ!そしてボクはキミに会いに来た。」
恐怖で震える体とか、目の前のモンスターとか、一瞬で
消えてしまうほどの衝撃だった。
「い、い、い、生きてるのぉぉぉおお??!!お母さん!」
その時、頭上から影が落ちてくる。
ズドガン!!
ももの目の前で巨大な棍棒が軋む。
「ちいせえのがごちゃごちゃとうるせえ!うっかり
手が滑って殺してしまうぞグヘヘヘヘ!
あの野郎も回りくどい事せずに、さくっと
やっちまえばいいのによぉ。」
何故かもう震えは無い。お母さんが生きていると言う事、
そして仲魔をあたしの元に送ってくれた、どこかであたしを
想ってくれてる!まだなにがなにやらわからないけれど
それだけで底なしに勇気がわいてくる。
「ライム!あたしこんなのにさらわれたくない!でも、
どうしよう!」
「だからボクが来たのさ。」
ライムはももの肩からピョンと右手に乗った。
「もも、さっきみたいにボクに”気”を送って。そして
何でもいいから強そうな武器を想像するんだ!」
「き?ホイミの事かな?」
「それそれ。」
何かをしようとする二人におにこんぼうはもう一度
棍棒を振りかぶった。
「グヘヘ、もう面倒だ。軽く気絶させてつまんでいくと
するか。ち、まったく小賢しい。」
ブォ!躊躇なく振り下ろされたソレは軽く気絶所ではない。
当たれば即死だ。
ライムを右手に握りしめ、目を閉じるもも。イメージは
出来た、後は
「ホイミ!」
青白い閃光とともにライムは剣へと変化した。それは
誰も見た事がないであろう、世界に一つの剣。
頭の中に声が響く。
(もも!一歩前に飛んで!!)
ズドーーーン!!
叩きつけられた棍棒、圧倒的な体格差故に出来る死角。
棍棒と腕の付け根の間にできる隙間にももは飛び込んだ。
「やぁ!!」
常識的に考えれば非力なプクリポのまだ冒険者にも
なっていない者が振る剣が、おにこんぼうの丸太の
ような腕を斬り裂けるわけがない。
ブシャァァァァァアアアアア!!
だが、例外もあるようだ。小さな手に握られた
その剣は、ももの頭上で綺麗な弧を描きおにこんぼうの
腕を真っ二つに斬り落とした。
「グォォォオオオオオオオ!!」
「俺の、俺の腕がぁぁぁあああああ!!」
狂ったように叫び、のた打ち回るおにこんぼう。
まるで計算違いだったろうこの結末に、思考が
追いつかないようだ。
「お、俺の腕・・・どうして落ちてる・・??!!」
「グヘヘヘヘ!プクリポめぇぇえええ!!」
「滅ぼす滅ぼす!さっさと滅ぼせ!!!」
その時、暴れ狂うおにこんぼうを静かに包み込む
ように黒い霧が現れた。
「あ!あれは・・・!」
一瞬にして剣からスライムに戻ったライムが、ももの
体をぐいぐいと押す。
「もも!離れて!吸い込まれると危険だよ!」
「え?な、なに?!」
黒い霧はやがておにこんぼうを飲み込み、渦を巻く。
そしてその場の空間ごと飲み込むように消え去った。
■
■
■
「助かった、ようじゃのぉ。」
わき腹を押さえてヨロヨロと立ち上がる校長先生。
魔法の杖を支えに歩こうとするが、ポッキリと折れて
しまい尻餅をついてしまう。
「校長先生!大丈夫ですか?」
ももが心配そうに駆け寄る。
「け、経費で落ちるかの、これは。。。トホホ。
しかし、おまえさん。少し変わっておるのぉ。」
校長はももをじろじろと見ている。そして肩のライムを
ぷにぷにぷにぷにと触りだす。
「こんな辺境の村には、ちと大事な出来事じゃ。
小さなとこでは大体小さな事しか起こらん。」
「これは、どこかの大きな波の余波じゃな?
スライムよ。おぬしは知っておろう。」
ライムはぷるるんと跳ねる。
「ボクはももに会いに来たんだ。その途中であいつらに
見つかっちゃって・・・」
申し訳なさそうに少し俯いたライム。
「ボクの役目はももをガートラントまで連れていく
事なんだ!ももの事だってすぐにわかったよ!
みん様と同じ”気”だったからね!」
「き?」
と首をかしげるもも。
「そう、それじゃ。この子は・・・おっと皆が
集まってきたぞぃ。一旦話は終わりじゃ。」
奥の校舎から先生や生徒、そして他の先生達や生徒達も
続々と校庭に集まってきた。もう大丈夫と言う事を皆に
伝える校長先生。
「ももちゃん!なんて危険な事を!!」
先生がももを抱きしめる。微かに震えている。
「ご、ごめんなさい・・・先生。」
「あのモンスターのせいでももちゃん見えなかったから
ほんとに、潰されちゃったのかと、ほんとに・・・」
ライムが剣になったとか、ももがおにこんぼうの腕を
斬り落としたとかはどうやら見られてはいないようだ。
~それから後の時間は大忙しだった。結界の張りなおし、
へこんだ地面、割れたガラス、修繕の為にその日の授業は
すべて潰れてしまったのだった。
■
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■
作業が終わる頃にはもう陽は沈みかけていた。生徒の多くも
既に帰り、今日という日の最後のオレンジ色の光は静かに
暖かく学校を照らす、昼間の出来事は嘘のように。
後で話すことになっていた校長先生は、作業中ぎっくり腰に
襲われて今だ医務室でうなっているそうだ。
「帰ろっか、ライム。」
ももの耳には小さなスライムのピアスが。それがぷるるんと
揺れる。そしてポン!と原寸大に戻り肩に乗っかった。
色々とややこしくなりそうだったので、ピアスに変化して
いたのだ。
「いっぱいいっぱい聞きたい事あるけど・・・うーん・・・」
「お母さんの事は後でゆっくりと聞かなきゃ、剣の事も、それに
・・・うーん・・・いやでもやっぱり・・」
帰路の途中、ももは何から聞いていいのか決められずに
ずっとこの調子だった。
「うーん・・・うーん・・・うーん・・・」
そして家に着いた。
「お爺ちゃんと3人で話そ!ライム!」
ただいま、と元気よくドアを開け、出迎えたお爺ちゃんに
今日の出来事を聞かせた。喜怒哀楽全てを出して話す
ももをお爺ちゃんは髭をさすりながら、時折ライムを
ぷにぷにしながら聞いていた。
「ふむふむ、なるほどなるほど。詳しい話はいまいち
わからんが、ももは旅に出なきゃならんのじゃな?」
「え?お爺ちゃん、話聞いてた?」
髭をさすりながら言う。
「しかし、意外に早い展開じゃ。」
夜になると少し冷え込む季節になってきた。薪を暖炉に
くべて火をつける。そして髭をさする。
「いいか、もも。内緒にしていたがお前の母さんは
生きておる!」
「うん、それもさっき話したよね。」
お爺ちゃんはライムに手招きをした。
「見ておれ、ももよ。」
ライムを手のひらに乗せるとお爺ちゃんは、フっと軽く
息をはきライムに”気”を流し込んだ。
青白く光ったライムはなんと盾に変化した。
「!!! すごい! お爺ちゃんもできるんだ!ホイミで?」
「ん?ホイミ?」
首をかしげたお爺ちゃん。ライムに元に戻るように言うと
ポヨンと膝の上に落ち着く。
「よいか、もも。これはクル家に受け継がれる性質じゃ。
少し難しいがよく聞くんじゃぞ。」
ライムをお爺ちゃんから奪い、自分の膝の上に置く。
そして真剣な眼差しで前のめりになるもも。
「世間一般に言われておるMPは体内に常に蓄積されておる。
そして必要な時必要な分だけそこから消費され、魔法や
技として撃ちだされる。」
「そして世間一般に言われておる”気”は体内には無い。
修行で心身を鍛え、一時的に作り出すモノなのじゃ。」
「それを己の力として一時的に使ったり、波動として瞬間的な
爆発力で発散して敵を怯ませたり衝撃をあたえたりするのじゃ。」
うんうん、とうなずくもも。
「我らプクリポは、他の種族の約2倍のMPを持つ。個人差は
あるんじゃがな。その代り、”気”というものは苦手と
言われておる。それは何故か?」
なぜ?と首をかしげるもも。
「MPをためる器というものは、どの種族も同じじゃ。多かれ
少なかれ決められた器の中に蓄積されておる。
MPとは質量の無い数字と思えばよい。」
傾げた首が戻らなくなっているもも。
「つまり、決められた箱でも質量の無い数字ならば、修行すれば
するほどその入れられる数字は上がっていくというわけじゃな。」
とりあえず頷いてみるもも。
「そしてプクリポは他の種族よりMPが多い。他の種族が修行で
1のMPを得られる時、プクリポは2を得る。これは修行すれば
するほど絶対的な差として現れるのじゃ。」
「長くなってしまったの、ここからが本番じゃ。」
と言い髭をゆっくりとさする。
「では”気”。これに器は無い。作り出し、それを体内
もしくは身体に一時的に溜める、留めるのじゃ。」
「使いこなせれば強いんじゃが、弱点もある。気を維持するには
かなりの集中がいる。敵からの強い攻撃で体制を崩されれば
いとも簡単に気は消えてしまう。」
「そしてここが肝心じゃぞ、体の大きな者ほど大きな気を溜め、
留めておけるのじゃ。」
「オーガとプクリポ、同じレベルの者同士が気を撃ちあえば
勝つのはオーガじゃ。」
ももは人差し指を額にあて、うーんとうなっている。
「お爺ちゃん、あたしもMP多いのかな?というか、あるのかな?
どんなに練習しても攻撃魔法は出来ないままだし・・・」
目を閉じ、うんうんと頷くお爺ちゃん。
「ここからが本番じゃもも。」
さっき言ったよね、とライムに目で言う。
「クル家の受け継がれる性質、それはMPとして体内に
蓄えられてるモノがMPではなく”気”という事じゃ。」
■
■
■
「えーと・・・えむぴーが、き・・・?」
髭をさすっていた手がピタリと止まり、カッと目が開く。
「我らクル家の者は皆、蓄えてはおけない気を体内に
MPの代わりとして常時蓄えておるのじゃ!!」
静かに目を閉じ再び髭をさすりだす。
「わしはそれに気づくのが遅かった、そもそも冒険者
にはならんかったからの。」
そして少し虚空を見つめ、思い出の引き出しをゆっくり
と開けていく。
「みんがお前を生んだのが18の時じゃったか。ももと
同じように魔法がからっきしだったからの、冒険者に
なるのはほぼ諦めていたんじゃ。」
「わしは気の事は話さんかった、話した所でどうかなる
とも思わんかったのじゃよ・・・じゃがある出来事で
みんはその力を知ったんじゃ。」
「ある出来事?」
夜も少しふけ、ぷるんぷるんとうたた寝をしているライム。
「みんの愛した男であり、お前の父でもあるリョカの死じゃ。」
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「あたし、お母さんの事はお爺ちゃんから色々聞いて
すっごい戦士で、強くて、でもあたしを守って死んだって。
もう!嘘ついて!」
膨らましたほっぺはまるでライムのようだ。
「でも、そんなお母さんに憧れて、戦士になって近づきたい
って思って。でも、お父さんの事は何も・・・」
「お前が生まれた日、その病院はモンスターに
襲われたんじゃ。」
髭をさすりながら再び語りだす。
「今でこそ仲魔というのは一般的になったが、その当時は
まだまだ極々僅かな熟練の冒険者のみが、仲魔を連れて
いてな。非常に珍しかった。」
「その日、病院に仲魔を連れた冒険者が来たんじゃ。恐らく
病院側が呼んだんじゃろう。」
「生まれたばかりのお前を抱いたみんのそばには、わしと
リョカもおった。」
「リョカも当時は優秀な魔法使いでな、生まれてきた
子供にと、小さなスライムを仲魔にしておった。」
お爺ちゃんは、愛おしそうにライムを見た。
「え?! ライムってもしかして!」
お爺ちゃんはニッコリとほほ笑み、そしてその笑みは
ゆっくりと消えていった。
「それは、隣の病室で起こった。冒険者の連れていた
仲魔が突然狂暴化したんじゃ。」
「え?」
ぎゅっと手をにぎるもも。
「力量に見合わぬモンスターを連れていたんじゃよ、
狂暴化したモンスターは主だった冒険者を引き裂き
壁を破壊し、わしらの病室に入ってきたんじゃ。」
話の先を見透かしたように、ももの唇は震えた。
「リョカは優秀な魔法使いじゃ、変化を感じた時には
既に床には暴走魔法陣がはられておってな。モンスターが
侵入してきた瞬間には魔法が唱えられておった。」
小さくなった暖炉の火に薪を一つ投げ入れた。
「じゃが、狂暴化したモンスターは通常時の数倍の
強さという。仲魔として抑圧されていた力が、
何かのきっかけで一気に解き放たれ、それを制御
できずに狂暴化するんじゃ。」
「撃つも効かぬ。叫べど生まれたばかりの子と、出産した
ばかりの疲弊した妻。逃げる事は難しかった。」
「わしは無我夢中でリョカの前に飛び出し、盾になろうと
していた。ここはわしが死んででも、と、な。」
「リョカはそれを許さんかった、許してくれんかった。」
「あやつは、ひきよせのすずを使いおった。モンスターを
引き寄せるアイテムじゃ。なんであんなものを、、、」
髭をさする手が震えている。
「そして、雄たけびをあげたモンスターがリョカに
食らいついた、鋭い牙でな・・・」
流れる涙がももの頬をつたう。
「あやつは、リョカはその短い時間で両手に魔法を
幾重にも重ね詠唱しておったんじゃ、その魔法は・・・」
”マホトラ”
「制御できないエネルギーで暴走しているなら、その
エネルギーを一気に吸い取ればいいと考えたんじゃろう。」
「それは見事に正解じゃった。食らいつかれた瞬間、モンスター
の頭を両の手ではさみ、幾重ものマホトラで暴走したエネルギー
を吸い取ったのじゃ。」
~かわいいなあ、さすが俺の娘だ。
泣くな、みん。 男は家族を護るもんだ。
そうだ、思いついたよ。 名前。
そのほっぺを見てみな まるで桃じゃないか
”もも”が いい。
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「自分の娘の悲痛な叫び声は、一生耳から消えぬものよ・・・」
いつの間にかももは涙を流していなかった。必死に堪え、
涙で潤んだ目でも凛として、でも唇は震えたままで。
「その時じゃな、声にならない叫びをあげるみんの体から
大量の気が溢れ出したのは。」
「そして、もも、お前と一緒に抱かれていたスライムが
変化したのじゃ。それは小さくて細く、じゃがとても
鋭い気で覆われた剣に。」
「リョカによってモンスターは一時的に静まってはいた
が、一度狂暴化したモンスターは元には戻らない。」
~もも、これがあなたのお父さん。
しっかり見ておきなさい。
私とあなたを命を懸けて護った人。
ふふ まだ目開いてないわよね。
でも、しっかりと感じておきなさい。 もも。
ももを抱いたまま、盾となりもう息をしていないリョカを
背中から抱きしめる。まだ残る温もりがももに伝わる。
そして、青白く、鋭く光る剣は、静かにモンスターを
貫いた。
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其の三に続く。