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自転車で大陸を越えるブログ

学生のとき自転車で日本縦断、オーストラリア横断。一旦は就職したものの、会社を辞めて北米縦断。次に目指すは中南米縦断。このブログを通じて自転車で海外を旅する楽しさが、なるべく多くの人々に伝わればイイなぁ…と思っています。

花盛りのカリフォルニア。太陽のような黄色い花が沢山咲いていた。


カリフォルニアには果樹園が多い。年間の日照時間や気温、土の質が果物を育てるのに適しているそうな。あまり多くはないけれど、たまに果樹園に直売所が併設されていることがある。これがまた安くてうまいっ。


頑固一徹そうなおじいちゃんが「どーじゃ、うまいじゃろ?」という顔をしながら一つ一つ桃をむいて試食させてくれる。アラスカからチャリで来ゾ、と言ったらドライフルーツをちょっと分けてくれた。むきたての桃をひとかけら食べて「こりゃ、うまい」といったら、もっと食ってパワーをつけろ、といってワシワシと次の桃を切ってくれた。結局、桃3つ分ぐらいを「試食」させてもらう。


プラム。熟れきってはちきれそうになっていて、噛んだ瞬間に甘い果汁があふれる。太陽と大地の恵みはすばらしい。


試食だけでは申し訳ないので、桃を4つ買った。値段は覚えていないけど$1しなかった気がする。ますます申し訳ない。


アメリカの田舎のグローセリーには変な人形を入り口に飾っているところが多い。キモカワイイ、っていうのだろうか。なんか好き。


東京照り焼き。東京風な照り焼きが名物なんだろうか。


カリフォルニアで「京都 国際フラワーショー」。しかもここはレストラン。




60セントのケミカルカラーなアイス。絵の具の「水入れ」の中身みたいな色だ。何でアメリカ人は合成着色料をまったく気にしないのだろうか、といつも不思議になる。ゲータレードとかトイレの芳香剤の色にしか見えない。と、、、言いつつこのアイスが死ぬほどウマイと感じる自分がいたりする。やばいやばい。

カリフォルニアにて。ロスパドレスナショナルフォレストを越えて、ようやく見つけたハンバーガー屋で、加賀まりこみたいなおばちゃんが作ってくれたハンバーガー。





『スマイルにしてあげたわよ』と不機嫌そうに、でも唇のワキを5ミリぐらいつり上げた笑顔でサーブしてくれた。

やるな。おぬし。










カリフォルニアにて。今日の山火事の注意度は……




EXTREME!!



超やばい…らしい。どないしろっちゅうねん。"Extreme"は初めて見た(汗)。
丸一日しっかりと休養を取って出発したものの、峠の辛さそのものが変わるわけじゃなかった。

長く続く坂道で、気がつけば今回の旅のために新調した34Tの最も軽いギヤをあっさり使ってしまっていた。しかも、信じられないくらい暑い。汗が顎から滴り落ちる。

体が出来上がっていないので、自転車が妙にふらつく。体力を消耗するだけの無駄な荒っぽいダンシングが増える。下ばかり見ながら地道にペダルを回し続ける。

何度も足を止めて、クソ重い自転車を放り出して休もうかと思う。そうすれは楽になる。でも、それだけは出来ない。僕はこの峠に『負けた』ことになってしまう。

ようやく山の稜線が近付き「この坂を越える頂上だ…」と思う度に、また新たな上り坂がさらに高く壁のように現れる。甘い期待を何度も裏切られ、終わりのない罰ゲームを受けているような絶望的な気分になってくる。









が、どんなに高い峠にも頂上はある。






終わりのない登り坂はない。




早朝に出発して、昼過ぎにようやく峠の頂上に辿り着いた。

大きな峠のピークには必ず立っている、峠の名前と標高が書かれた看板が視界に入る瞬間の快感をコトバにすることは難しい。実際、僕はいつも訳の分からない犬のような奇声を上げてしまう。他人が見れば汗だくの変態だ。

結局、この峠はPine Mountain Summitという5160feet(約1550m)程度のものだった。海抜0mから登ったとはいえ、数字だけ見ればたいしたことのないありふれた峠だ。

だけど、この峠の頂上に立った瞬間に脳味噌を駆け巡った感覚は、半年も日本で眠っていた『坂バカスイッチ』をオンにしたことは間違いない。

南米の4000m級の峠が楽しみだ。うひ。
地図でおよその現在地を確認すると、ナショナルフォレストの三分の一を通過したに過ぎないことが分かった。まだまだ先は長い。

ラッキーなことに水場のある良い野宿場所を見つけたし、食料はまだ十分にある。とりあえず、僕はここで一日停滞して体力を温存することにした。

我ながら野宿場所を見つける「勘」は天才的かもしれない、、、と思う。この閉鎖されたキャンプ場もかなり快適だった。

この場所はごく最近まで使われていたらしく、イスやテーブルがそのまま残っていた。イスやテーブルがあるだけで野宿の「文化度」はかなり上がる。水道は止まっているけどすぐ近くにクリークがある。文句の付け所がない。

なにより、広いスペースをたった一人で占有出来ることがうれしい。全裸で日光浴をしていても誰にも何も文句を言われることはないのだ。山小屋のカフカ少年のように一日を過ごす。

この日の夜、独立記念日を祝う花火の音が遠く地響きのように聞こえた。ガイドブックに載っているどんなに有名なキャンプ場に泊まるよりも、僕は自分で探し出した場所で野宿する方が好きかもしれない。