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自転車で大陸を越えるブログ

学生のとき自転車で日本縦断、オーストラリア横断。一旦は就職したものの、会社を辞めて北米縦断。次に目指すは中南米縦断。このブログを通じて自転車で海外を旅する楽しさが、なるべく多くの人々に伝わればイイなぁ…と思っています。

いよいよブライスキャニオンのトレイルへ。グランドキャニオンのようにトレイルヘッドが高台にあり、谷に下ってからまた登るようなトレイル。ヨセミテやザイオンのようなハードなトレイルは少ない。…が、景色はとてつもない。こんな景色は他にないだろう。同じキャニオン系のグランドキャニオンでもかなり感動したけれど、ブライスの景色はまた格別だった。


うわさどおりの奇岩のオンパレード。しかも近づいてみると思っていた以上に奇岩の一つ一つがデカイ。ガイドブックを見ればこの奇岩郡の成り立ちは詳細に書かれてはいるんだけど、いまいちピンとこない。頭で理解しても感覚的に理解できないのだ。一度でいいから100年とか1000年単位の固定カメラで、奇岩が風化する過程をビジュアル的に見てみたいものだ。さぞかし美しいことだろう。



ザイオンを出発し86mile先のブライスキャニオンを目指す。ユタ州全体がテーブルトップ状の高地なので気温がグッとマイルドになる。標高2000m台の国道89をひた走る。ネバダでは考えられなかったぐらい、自転車に乗ることが楽しい。やっぱりチャリ旅は楽しくなくちゃイカンわな。たまにゴリゴリ走りたくもなれども。


そしてブライスキャニオン国立公園にたどり着く。また人間の餌を付けねらうリスが居やがったが、ザイオンほど凶暴ではなかった。ザイオンのキャンプ場では、リスとの攻防とトレイルハイクに明け暮れてあまりゆっくりできなかったので、ブライスのキャンプ場でのんびりとした日々を送る。涼しくてすごしやすいキャンプ場だった。


写真はないけどブライスは夜空もスゴイ。あたりに町がまったくないので星が降ってくるように美しく見えるのだ。こんなに美しい夜空を見るのはオーストラリア以来だ。星を観察するレンジャープログラムに参加して、大砲のような望遠鏡で色々な星や星雲を見せてもらう。宇宙ステーションの太陽パネルが反射する光が、地上からはっきりと肉眼で見える、ってことをはじめて知った。UFOと間違えそうなぐらい明るい。すご~く感動する。


「え゛?!ここを行くの?」とナローズのトレイルヘッドで立ちすくむアメリカン達。正直、自分もちょっとビビッた。どこをどう歩くのかイメージがまったくわかないのだ。


トレイルヘッドに「杖」に使う大小さまざまな流木が立てかけてある。ぶんぶん、と2、3本振り回してみて、気に入ったものをえらび、おそるおそるナローズに足を踏み入れる。水がひやっこい。


写真で渓谷の大きさがわかるだろうか。川の真ん中に人間が3人います。


上流へさかのぼると渓谷は狭まり、川の水深は増す。


これはナローズの支流。もっとも狭いところは両手が両方の壁に付くほど。


壁には現代彫刻のような穴がいくつもあいている。自然の力で自然につくられた自然な曲線は美しいと思う。


ようやくナローズの深部ビックスプリングスへ到着。片道約4時間半。一歩一歩足元をたしかめながら歩くので短い距離でも時間がかかるのだ。あまり「ビック」なスプリングスじゃなかったけど…、スリリングな道のりだっただけに、たどり着いたという達成感は強かった。


「一番深いところだと、胸ぐらいまで漬んのかなぁ…?」と思って結構ドキドキしていたけれど、最深部はヘソの下ぐらいだった。



今度行くならはテントと食料を担いでもっと奥まで行ってみたいものだ。

ザイオンの渓谷。ヨセミテのバレーの従兄弟のような景色だけど、ザイオンの方が荒々しく力強い。ヨセミテは繊細でやさしい。と僕は思う。


ウィーピングロックという雨水が染み出す岩。


スターウォーズに登場しそうなSFチックな岩。とても自然にできたとは思えない。内臓のどこかの部分のようにも見える。有機的なフォルムだ。使い古された言葉だけど「自然の芸術」ってこういうモノのためにあるんだろうなぁ、と思う。


合掌をした手のように切り立った尾根を登る「エンジェルズランディング(天使たちの舞い降りる場所)」へ向かう激坂スイッチバック。よくこんな所にこんな立派なスイッチバックを作ったものだ。


頂上付近は鎖場になっている。かなりアメリカンテイストな鎖場で、ここは必要ないでしょ…という場所にしっかり鎖が張ってあり、ここはナイと困るでしょ…という場所に鎖がない。こんなトコでも大雑把。ああ、いま足が滑ったら死ぬな…と思いながらじわじわ登る。写真で絶壁っぷりが伝わるだろうか?


ようやく頂上へ。世の中狭いモノで、こんな絶壁のてっぺんで2人の日本人にお会いする。2人ともアメリカで車関係のお仕事をされている方だった。海外で仕事をされているお二人がすこし眩しく見えた。僕の社会復帰はいつになるんだろうか…うぅ~む。


スリリングなトレイルを歩き終え、ザイオンロッジの前の青々とした芝生で昼寝。暑いザイオンでもココだけは涼しいのだ。あぁ、ザイオンは最高だ。




ネバダ横断を終え、ザイオン国立公園にたどり着いたのは8/10だった。ザイオンは想像していた以上に美しいナショナルパークだった。キャンプ場で史上最悪なリス共に装備を噛み切られて少しヘコみながらも、楽しみにしていたトレイルをいくつか登る。


以下の写真はオブザベーションポイントというザイオンの谷を見下ろすトレイルを歩いたときにとったもの。意外にたくさんの植物が小さな花を咲かせていた。ザイオンは一見すると荒涼とした谷に見えるけど、実は生命に満ち溢れているのだ。


Hi!, everyone! How are you?? I'm GOOD! Last week I could ride across Nevada (it's extremely hard!!), and now I 'm staying in Zion National Park. This park is also AWESOME!!, as much as Yosemite!! There're many Great triles in this park, and I hiked up some of them. They're so wonderful!!


Today, it's my 4th day in this park, and I'm planing to stay more 2days.(I'll hike "The Nallows" tomorrow.) After this park, I'll go to Bryce Canyon National Park, it's about 130km from here. I'll reach there, may be 8/17-19.


See you then! Bye!

それから2日間は何ごともなく過ぎた。なるべく匂いのする食料は持ち歩くようにしたのだ。「オブザベーションポイント」や「エメラルドプール」と呼ばれる比較的イージーなトレイルを登った。 そして運命の5日目。僕はザイオンの深く美しい渓谷を作り出したバージン川を溯るハイライト・トレイル、「ザ・ナローズ」に出かけた。


僕はナローズの深部の「ビック・スプリングス」と呼ばれる泉まで行くつもりだった。推定で往復10時間の行程。なるべく無駄な荷物は持ちたくはない。僕は三重にしたレジ袋に食料を厳重に包みテントの中に入れ、通気孔や入口をしっかりと閉めた事を確認して、朝早くトレイルヘッドへ向かった。


ナローズは本当に素晴らしかった。岩の芸術のような深く切り立った美しい渓谷を腰まで水に漬かりながら溯り「ビック・スプリングス」に辿り着いた。そして往復8.5時間の長いハイクを終えキャンプ場に帰って来た。


まさか、、、と思いつつもテントを確認する。 テントがガサゴソと動くことはなかったけれど、どうも嫌な予感がする。三重のレジ袋に包み、テントに入れたハズのシリアルバーの袋がテントの回りに散乱しているのだ。


そして、僕は恐る恐るテントの入口のジッパーを開けた。







テントの底が大きく破られていた。



チョコレートシロップの容器が喰い破られ、辺り一面チョコレートの海になっている。あろうことかシュラフやフリースにまでチョコレートがベッタリと付いている。チョコレート色の小さな足跡がそこらじゅうに散らばり、マッシュポテトの粉末が喰い散らかされ、シリアルバーはすべて食べられていた。


そしてご丁寧に逃走用の穴をもう一つ、テントの隅に開けられていた。本当にやりたい放題だった。




もはや言葉も出ない。









キャンプサイトの回りに無数に開けられたヤツらのすべての巣穴にガソリンを注いで、皆殺しにしてやろう、とさえ思った。もちろんそんなことは出来ない。確実に僕がレンジャーに殺されてしまう。


僕はただ黙々とテントを掃除し、シュラフやフリースを洗い、テントの底に開けられたコブシ大の穴を修理し、暗くなる前になんとか寝る場所を確保した。長いハイクを終えた体は鉛のように重かった。


それから数日間はテントの中がおそろしくチョコレート臭かった。 そして、ゆっくり休む予定だった翌日、僕は逃げるようにザイオンのキャンプ場を後にし86mile先のブライスキャニオンへ向かった。




断言しよう。






キャンプ場で最も凶暴な動物は「クマ」でも「人間」でもなく「リス」だ。間違いない。

リスに防水バックを喰い破られたその日、ヘコんでばかりもいられないので、僕は食料をテントの中に入れて「天使の舞い降りる場所(Angels Landing)」とよばれる断崖絶壁を登るトレイルに出かけた。警戒心の強い彼らがまさかテントに侵入することはないだろうと思ったのだ。




素晴らしいトレイルを歩き終え意気揚々とキャンプ場に戻った時、最初に視界に飛び込んだのは、ガサガサ…ゴソゴソ…とせわしなく動いているテントだった。一瞬、言葉を失う。でも、僕は自分でも驚くほどの速さでテントの入口を開け、逃げ惑う小さな悪魔をつかまえた。



人間に捕まえられた彼は、恐怖のあまり僕のテントマットにおそろしく臭い尿を漏らし脱糞までしやがった。とんでもない置き土産だ。 被害は食パン数枚のみ。どうも彼らはパンが好きらしい。



侵入経路はテントの側面の通気孔。暑いザイオンのキャンプ場で、僕は通気孔を全開に開いたままトレイルに出かけていたのだ。パンの匂いにつられて通気孔から入り込んだまま出れなくなったのだろう。通気孔を開っぱなしにしていたのは僕のミスだ。


このうえなく憎たらしいリスを片手に握り締めながら、どんな仕返しをしてやろうかと考える。防水バックの怨みをどうやって晴らしてくれようか。


彼の額に「肉」の字と、少し困った様な太い眉毛を油性マジックで書き込む。ついでにドラえもんのポケットをお腹に描く。そして、なにくわぬ顔で野に放す。……それぐらいはしてやろうと思った。


けれど、極度の恐怖のためにとんでもなく早く脈打つ彼の鼓動を片手に感じながら、つぶらな瞳を見ていると、だんだん可哀相になって来た。


結局、渾身の力を込めたデコピンを数発食らわしただけで野に放してやった。 でも僕は今では本当に後悔している。本当はこの時ヤツの生皮を剥ぎ、テントの前にブラブラと張り付けにするぐらいの事をしとけば良かったのだ。ヤツらはデコピン程度で人間サマを恐れるようなタマではなかったのだ。

アメリカの国立公園のキャンプ場で野生動物に出会う確率はかなり高い。大抵は鹿の親子や色とりどり小鳥のような愛くるしい動物達だ。



ごくまれにブラックベアーのように危険な大型の動物に出くわす事もある。 だけど、生態系の頂点に立っているのは我々人間である。ブラックベアーとて人間が怖いらしく、人に直接危害を加えることはめったにない。少なくとも国立公園のキャンプ場で人間サマの天下は揺るがなのである、、、と僕は思っていた。


しかし、実はクマよりも凶暴な野生動物が、キャンプ場の片隅からカモになる人間を虎視眈々と狙っていたのだった。











リス、である。











長く暑かったネバダ州を横断して、ようやくたどり着いたユタ州のザイオン国立公園でのこと。


ザイオンのキャンプ場にはイエローストーンやヨセミテでは当然のように置いてあった、食料をクマに食べられないようにする鉄製のボックスがなかった。ザイオンにクマはいないのである。


キャンプ場に泊まった初日、近くのグローセリーで買ったビールでほろ酔い気分だった僕は、なんの警戒心もなく食料を入れた防水バックをテーブルの上に乗せたまま、心地よい疲労感と共に眠ってしまった。僕の一人用の山岳テントは荷物を詰め込むと手狭になってしまうのだ。


翌朝、その防水バックは無残な姿をさらしながら水死体のようにテーブルの下に転がっていた。 リスにやられたのだ。



太いナイロン製の糸で編まれ、シリコンゴムでコーティングされた丈夫な生地は、ヤツらの鋭い出っ歯でみごとに切り裂かれていた。 もはや修理不可能なレベルだ。


旅の出発点の街、アンカレッジのREIで買った、使い勝手が良くとても気に入っていた防水バックだった。もちろん、決して安い物ではない。なにより長旅を共にしてきた使い慣れたモノを自分の不注意で失ったことが惜しかった。そしてリス達がこのうえなく憎らしかった。巣穴からコチラを窺いながら、くっくっく…と笑って居るんじゃないのか、とさえ思った。


だけど、防水バックを喰い破られる程度の被害は、まだまだ序の口なのだということを僕はまだ知らなかった。


ネバダ州はシェラネバダ山脈とロッキー山脈に囲まれたグレートベイスン(大盆地)と呼ばれる砂漠地帯がその大部分を占めている。太平洋からの湿った雨雲のほとんどはシェラネバダ山脈の西側に降り注ぎ、ネバダには乾いた熱風だけが吹き降りる。地理的に見るとネバダ州全体が巨大な熱いオーブンの様なモノなのだ。


しかも、ネバダには「アブドーラ・ザ・ブッチャー」の額の傷のような細長い山脈が南北に幾つも走っている。ネバダを横断するには殺人的な暑さに耐えながら、それらの小さな山脈群をいくつか越えなければならないのだ。夏のネバダ横断は思った以上に苦労をした。



毎日のように正午を過ぎると気温が40℃以上に上がる。そんな気温では当然、自転車に乗るべきではない。けれど、見渡す限りの砂漠地帯に日陰はほとんどない。炎天下で休憩するほど体力を消耗する行為はない。だから、陽炎を追う様にただひたすら走る。脳細胞が壊死しそうだった。



体温よりも高い気温で一日6時間以上も自転車に乗り、どうやって正常な体温を維持をしていたのか今でも不思議でならない。40℃といえば、バスタブに水を入れていれば勝手に熱い風呂が沸いちゃうような、あり得ない気温なのだ。


だけど、人間の体は案外丈夫に出来ているらしく、水さえちゃんと飲んでいれば、少なくとも命に別状はなかった。もちろん、それは決して楽な事ではなかったけれど。



下を向きながら半分意識が飛んだ状態でふらふらと走っていると車からよく声を掛けられた。次の町まで乗せて行ってやる、という。 今この車に乗ることが出来ればどんなに楽だろうと思う。こんな所を自転車で走るのはバカだって事ぐらい誰でも分かる。チャリダーとしての最低限のプライドを簡単に捨ててしまいそうになる。


だけど、僕は99%の未練と1%のプライドを込めてなるべく丁寧に断る。中には怒り出す人もいたけれど、大抵の人は、んじゃあまぁ頑張れや、といって冷たい飲み物かなにかをくれた。 旅人に対するアメリカのおっさんの男気と、喉を流れる冷たくて甘い快感に思わず泣きそうになってしまう。



信じられない暑さの中を走り終えた今だから言える。それが困難であればあるほど、轍は深く自分自身の中に刻まれる。安易な道から得られるものはない。僕はなるべく深く轍を刻みたい。



いつもステムに巻きつけて走っているプロトレック。あまりの暑さに液晶画面が真っ黒になってしまった。



液晶が回復した時点で52.8℃。いったい液晶が逝った時点で何度だったんだろうか?なんだか、わけがわからない。プロトレックの温度計は誤差の多い熱電対だろうし、直射日光の当たる場所の「温度」は、百葉箱の中の「気温」とは違うかもしれない。けれど、おそらくこの日が僕が人生で体験した、もっとも高い気温だったことは間違いない。