ネバダ州はシェラネバダ山脈とロッキー山脈に囲まれたグレートベイスン(大盆地)と呼ばれる砂漠地帯がその大部分を占めている。太平洋からの湿った雨雲のほとんどはシェラネバダ山脈の西側に降り注ぎ、ネバダには乾いた熱風だけが吹き降りる。地理的に見るとネバダ州全体が巨大な熱いオーブンの様なモノなのだ。
しかも、ネバダには「アブドーラ・ザ・ブッチャー」の額の傷のような細長い山脈が南北に幾つも走っている。ネバダを横断するには殺人的な暑さに耐えながら、それらの小さな山脈群をいくつか越えなければならないのだ。夏のネバダ横断は思った以上に苦労をした。
毎日のように正午を過ぎると気温が40℃以上に上がる。そんな気温では当然、自転車に乗るべきではない。けれど、見渡す限りの砂漠地帯に日陰はほとんどない。炎天下で休憩するほど体力を消耗する行為はない。だから、陽炎を追う様にただひたすら走る。脳細胞が壊死しそうだった。
体温よりも高い気温で一日6時間以上も自転車に乗り、どうやって正常な体温を維持をしていたのか今でも不思議でならない。40℃といえば、バスタブに水を入れていれば勝手に熱い風呂が沸いちゃうような、あり得ない気温なのだ。
だけど、人間の体は案外丈夫に出来ているらしく、水さえちゃんと飲んでいれば、少なくとも命に別状はなかった。もちろん、それは決して楽な事ではなかったけれど。
下を向きながら半分意識が飛んだ状態でふらふらと走っていると車からよく声を掛けられた。次の町まで乗せて行ってやる、という。 今この車に乗ることが出来ればどんなに楽だろうと思う。こんな所を自転車で走るのはバカだって事ぐらい誰でも分かる。チャリダーとしての最低限のプライドを簡単に捨ててしまいそうになる。
だけど、僕は99%の未練と1%のプライドを込めてなるべく丁寧に断る。中には怒り出す人もいたけれど、大抵の人は、んじゃあまぁ頑張れや、といって冷たい飲み物かなにかをくれた。 旅人に対するアメリカのおっさんの男気と、喉を流れる冷たくて甘い快感に思わず泣きそうになってしまう。
信じられない暑さの中を走り終えた今だから言える。それが困難であればあるほど、轍は深く自分自身の中に刻まれる。安易な道から得られるものはない。僕はなるべく深く轍を刻みたい。
いつもステムに巻きつけて走っているプロトレック。あまりの暑さに液晶画面が真っ黒になってしまった。
液晶が回復した時点で52.8℃。いったい液晶が逝った時点で何度だったんだろうか?なんだか、わけがわからない。プロトレックの温度計は誤差の多い熱電対だろうし、直射日光の当たる場所の「温度」は、百葉箱の中の「気温」とは違うかもしれない。けれど、おそらくこの日が僕が人生で体験した、もっとも高い気温だったことは間違いない。











