
今日トランス・コンチネンタルの『自己紹介』に写真を追加して、
『リンク』にテキストとバナーを追加しました。
何事もやり始めると熱中してしまうタイプなので
最近PCの前に座りっぱなしです。たいへん不健康です。
イカンイカン。今日は雨だったし、まあいっか…。
あしたはどっかにいくべ。
で、最近は4年前の旅日記を読み返しているのですが、
今とまったく変わらない汚い字で書きなぐったノートを見ていると
あの頃の思い出が真空レトルトパックのような状態で
ホカホカと湯気を上げて飛び出してきます。
2000年8月27日(日)の日記に次のような一文がありました。
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人生が生きるに値するのは
その人が正直に生き理想をもっているときだ
そして自分だけでなく
全ての人たちに役立つ大きな志をもっているときだ
情熱なき人生はむなしい
情熱なく惰性の日々の人は
真に生きているとは言えない
心は死んでいる
どんな環境であれ「よし、やろうと」と決めた人に
道が開かれないはずがない
トライすることをあきらめて何の為の人生か
自分を大きくするのは自身の努力
人生は挑戦だ
あきらめイコール逃げなのだ
Ceduna "Greenaceres Backpackers"
Visitors Book. 9th/12/99
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いや、いや、熱いっスね。熱い。
これはオーストラリアを西から東へ自転車で横断するとき、
西側の最後の町であるノースマンから1200kmぐらいあるナラボー平原
を越えて最初にたどり着いた小さな町「セドゥーナ」のバックパッカーズ
で見つけたビジターズブックの一文です。
僕の記憶が確かならば、この一文は日本人女性がオーストラリアへ
出発する時に先輩からもらった励ましの言葉をビジターズブックに
紹介していた文章の一節だった思うのですが、延々と続く真っ直ぐな
ナラボー平原を横断して干からびきっていた僕の心に
キンキンに冷えたボカリスエットのようにしみこみました。
そして少しウルウルしながらその一文を自分の旅日記に書き写したのです。
若かったあの頃から4年の歳月がながれました。
この一文はサラリーマン時代に何度か読み返した事があるのですが、
その時は「熱くてうっとおしいなぁ、熱すぎだよ…」と我ながら思っていました。
ところが、最近読んでみるとなんだかグッとくる言葉に感じられるのです。
人が見たり聞いたり読んだりして心が震えるときは
その対象がなんであれ、その時の自分自身の心の状態に
強く影響されるんだなぁと思いました。
最近4年前の気持ちに戻りつつある今日この頃です。