1982年製作というから、僕が中学に入ったころのことである。何かほかの映画を見に行って、この映画の宣伝を見たような記憶があった。
その当時、スターウォーズなんかでSF映画が盛り上がっていたころのこと、また77年にはエイリアンが出たりして、この映画はエイリアン系列のSF映画的なニュアンスで紹介されていたと思う。
恐怖映画のゾンビにしても、げて物的な怪物が人間を恐怖に陥れるといったパターンの映画を遠慮していたころで、そのときから35年を経て、観たというのがなんとも感慨深いものがあった。
この映画を観て思ったのは、中学当時の自分が食わず嫌いして、もったいないことをしたという気持ちだ。
確かに千変万化に姿を変える「X」(英語ではthⅰngとなっていたが)の造形は、個人的にはエイリアンよりこちらのほうがはるかに恐怖感を覚えた。
ただ、それがメインではなく、映画のテーマを深めるための手段でしかないようだった。
映画の舞台は南極のアメリカの観測基地、季節は冬という設定。
とりあえず、何かあったら逃げることができないという状況である。
さらに運の悪いことに、通信がうまくいかない、と全くの閉塞状態。
そうした中で、得体のしれないものが紛れ込んだとき、どうなるのであろうか。
Xは液体(血液や体液)の状態で生を保ち、動物や人間の内部に侵入し、のっとってしまう。
だから乗っ取られた人間がいたとしても、姿形は変化がないため、のっとられたかどうかはわからない。
その中で、お互い疑心暗鬼になり、ますます悲観的な状況が現出していくという流れである。
ただ、Xはだれも気付かず、忍び足でやってくる。
その忍び足具合を描いたところが、自然な展開で、自分としては映画の中でもいいシーンだと思う。
最初の場面でシベリアンハスキーがヘリに狙撃されながら雪原の中を走ってく。
基地から何人かが出てきて、ヘリの操縦士やその仲間が尋常な神経ではないと思い込み、結局彼らを射殺してしまう。
ハスキーは妙にひとなつこく、基地に保護される。
ヘリの操縦士たちはノルウェー基地から来た者たちで、後日基地に言ってみると、基地は全滅状態。基地内に散逸していた資料を持ち帰り、解読すると、10万年前に飛来したであろうUFOを掘り起し、その中に冷凍された状態で命脈を保っていた生物がいたとのこと。基地はどうやらその生物によって破滅させられたらしいというのがわかったである。
しかしそのときにはすでにXは侵入していた。
そしてXと人間の戦いがはじまるのだが・・・。
閉塞した状況でお互いがお互いを疑い、同化されていていない人間を射殺してしまったり、同化にきずかなかったため、急にXが本性を現し、Xの空けた大きな口に引き裂かれてしまったり、また恐怖に耐えられず、武器庫から武器を取り出し、怪しいと思うものはすべて射殺しようとする人間、27000時間後には全人類がXに同化されてしまうというシュミレーション結果に愕然とし、気がくるって、別室に監禁されてしまった生物技師など、まったくいい方向に状況は改善されない。
ラストはこれ以上悲惨な状況はないという設定になっていて、観終わったあとも何ともいえない感じにとらわれた。
細かな描写は避けるとして、X侵入のシーンのほかに、感銘したのは、Xの同化を見分けるシーンである。
液体の状態でも生命を持続できるとわかったことから、血液を採取し、それに熱を加えることで見分けられると考えたのである。
カートラッセル演じるマックの主導で、疑わしき4人が椅子に括り付けられ、それを見守るマックも含めた4人の血液が採取され、バーナーであぶった銅線を採取した血液に接触されていく。
括り付けられた4人は、離せとかそんなことは意味がないと罵声を浴びせるが、マックはそれを無視して、黙々と判定を行っている。そして、銅線に触れた血液が何の反応もないとわかると、その血液の持ち主は安堵の溜息をつくという緊迫した雰囲気である。
括り付けられていない4人目のメンバーポールの血液に銅線がふれた瞬間、いくつかの顔が生えた血液が狂ったように踊りだし、同時にポールの皮膚が引き裂かれ、内部からどろどろの液体とともに、ポールに同化しようとしているXの姿が現れ、部屋にいたものにおそいかかるのである。
椅子に括り付けられているもの達を通して描かれる恐怖感が、マックの持っていたバーナーが着火不良になることでピークを迎えるこのシーンは、怖さもそうだが、映画の面白さを教えてもらったところでもあった。