現在ブログランキング6509051番とのこと。
最低ライン突っ走っとるな。
今のところ、気にせず、我関せず。
こんなに沢山の人がブログ立ち上げとるとは❗️
他のサイトのも含めたら、日本人の半数はブログやってるのでは!
自分は最近始めたばかりやし、乗り遅れとる、とまぁ反省。って、誰かに読まれるために書いとるのか、わいは?!
それはともかく映画の話。
「フォローミー」
1972年のイギリスの映画。
原題「The Public Eye / Follow Me!」
監督はキャロルリードで、「第三の男」の作品があり、遺作とのこと。
製作された年代が年代だけに、風景、ファッション、音楽は古めかしいところはあるのだが、それはそれで珠玉の作品と呼ぶにふさわしい内容と、個人的には思っていて、四回観てもやはり泣けてしまうのだ。
映画のテーマは、恋愛ものだが、たんなる恋愛にとどまってはいない。
誰だって、誰かと理解を共有したい、できたと思ったら現実はそうでなくて、孤独になって自分を見つめる、そして妥協、別のことばでいえば成長ともいうが、再び相互理解へと向かうという経験があることだと思う。
主人公はミア.ファーロー演じるベリンダ。
彼女を通して、孤独と邂逅の物語が展開されていくことになる。
カリフォルニアから放浪してロンドンに滞在してるヒッピーで、レストランでアルバイトをしているという設定。
そこにバリバリの英国紳士であるチャールズがやってきて、お互い好意を持つようになり、結婚する。
話は前後するが、実は最初はチャールズがベリンダの浮気を疑い、探偵を雇うという始まり。
探偵がチャールズへの聞き取りの中の回想シーンとして、二人の経緯が語られる。
浮気調査というギスギスした雰囲気と対照的に、二人の出会いと愛が深まって行く様子は美しい。
英国紳士とアメリカのヒッピー娘という、全く相容れないタイプ同士が、お互いに無いものを相手に発見し、お互いを高めていく喜びが描かれるこの部分は、観ていて本当に楽しいのだ。
それだけに結婚してからの二人の生活が描かれる様子は、なんとももどかしくなってしまう。
二人の性格や思考様式の違いが、結婚する前はうまく作用してたのに、結婚してから行き違いになってしまう。
結婚というのは案外そういうものかも知れない。
特にチャールズは英国の上流階級出、保守的で、しなければならない的考えなので、妻にそれらしい振る舞いや考えを持つことをついつい強要してしまう。
それに、イギリスというのはつくづく階級社会やなと思うのは、自分達の社会が常識で、よそ者は受け入れない体質があることだ。
ベリンダが夫の友人達に何とか気を遣おうとしたり、会話に入って発言するも、口をポカンと開けて、何じゃこりゃ、こいつアホちゃうか的なオーラを漂わすのだ。(チャールズの母親がまさにこれ。演技が嫌味すき、うまいのでここも楽しめると思う)
上流にいて自分達は素晴らしいと思ってるところが俗人で、観てて気分悪くなるわと思うし、ベリンダもだんだんしんどくなってしまうのは当然の話。
その一方、チャールズはベリンダの悩みをわかってあげられず、みんなと仲良くしろとか、食事会に遅れてしまったベリンダに対し、結婚というのは契約だなどと、トンチンカンな答えを言い出す始末。
なぜ遅れたか、少し考えてあげればいいのに。
ベリンダは押し潰されそうになる自分を救うため、ロンドン中を彷徨い歩いていたたけなのだ。
植物園やテムズ川、動物園でイルカのショーを観たり、ホラー映画を何時間も観たり。
ロンドンを一人彷徨い歩く姿は、ミア.ファーローが細身の身体だけに、余計哀愁が漂い、身につまされる思いになってしまう。
そこで登場するのが、もう一人の重要人物、トポル演じる探偵クリストファルーである。
彼の人物背景は映画では描かれておらず、謎めいた人物だ。
本人がベリンダに語ったところによると、自分に自信がなく、いくつもの職業を転々として、探偵になり、同じような気持ちを持つベリンダと知り合ったとのこと。
とはいえ、決してネクラな人物ではなく、少しおっちょこちょいで、ユーモアがあり、真っ白のコートを着て行動するという、突飛な性格設定になっている。
まさにピエロ、かつ服が白いということではキューピット。
この彼の狂言回しが、俄然映画に膨らみと奥行きを与えてくれるのだ。
ベリンダによって自分も何かを目覚めさせられ、ベリンダに恋しながらも、結局、チャールズとの仲立ちに徹してしまうというところが、にくいというか、哀しいというか、味わい深いところなのだ。
一旦トーンが下がった映画の雰囲気が、また盛り上がりをみせるのだが、ここからの経緯を詳しく語ることは、これで止めようと思う。
もしこの文を読まれたなら、是非とも映画を見て欲しいです❗️