子供の頃に間近にした怖い話は、その当時にしてみれば、死が間近に迫ってくるほどの緊張感があったかな?
  今になってみれば笑い話やけど、子供の世界って狭いものねー。
  怖い話を聞いた夜、雨風が強く、その音が普段に比べて大きかったりすると、それだけで怖い話がリアルになってくる。
  僕の子供のことを言えば、口裂け女かな?
  その当時、僕は滋賀県の彦根に住んでいた。
  小4のことだった。
  岐阜県に大垣市という所があり、そこで精神病患者だった口裂け女が病院から脱走、「私キレイ?」と言いながら、マスクを外して、それを見て驚いた人間を片端から、釜で襲うという噂がまことしやかに伝播していた。
  この辺りは街それぞれ、伝える人によっても違いがあったようだが、僕が知ってる話はこうだったということだ。

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  この映画の主人公アナもそうした経験をした1人だ。
  まだ6才という年齢だけに、10才の僕が経験した恐怖に比べて、衝撃は大きく生々しかったに違いない。
  アナにとっての恐れの元はフランケンシュタインだった。
  1940年代、内戦下のスペインの田舎街で、巡回でやってくる映画興行で観た映画だ。
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  主人公の少女は、怪物フランケンシュタインに対し、純粋無垢な気持ちで相対する。怖いとか言う感覚がないのだ。
  フランケンもその心に触れて、素直になる。元々子供の心のままで誕生したフランケンにしてみれば、大人より、こどもの方が心通じやすいのだ。
  しかし、事態は一変する。間の経緯はわからない。
  ラストの方で、仲良くしていたはずのフランケンシュタインに殺されてしまう少女、そしてそれを知った村の者達から殺害されてしまうフランケンシュタインのシーンが映し出されている。
  アナは二人が殺された意味がわからない。
  ベッドで姉のイザベルにその理由を尋ねると、イザベルはからかい半分で、フランケンシュタインは死んではいない、自分は話したことがある、彼は精霊だから心の中で強く念じれば話すことができると、まことしやかにアナに語る。
  まだ6歳のアナはそれが本当のことと信じてしまうのだ。
  そこまでだったら、そこら辺にある話。しかし、現実と想像が微妙に交差し、アナの体験する出来事が、フランケンシュタインの物語と交差しながら、見えないものに対する震えや恐れが美しく描かれて行く。
   例えば、フランケンがいるという村はずれの倉庫のような建物。
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  そこに大きな井戸があり、イザベルが覗き込むと、真似してアナも覗き込む。
  建屋に入り、暗く、ひっそりとした佇まいのなか、アナは無言でそこに立ちすくむ。
  自分の思いが足りてないから、精霊が現れないのだ、とでも言うように。

  それから、足繁くその場所に通うシーンが出てくる。
  そして、ある日、そこに何かいた。
  アナにとってのフランケンシュタイン。
  しかし、それは内戦で戦う部隊からの脱走兵だった。
  この辺り、少女の幻想と戦時下の時代状況がうまくリンクされてるところだ。
  また、全般的にセリフが少ないところや、遠巻きに人の様子を伺うカメラワークが、自然な印象を与えるのだ。
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  この脱走兵負傷していて、建屋の壁際に横たわったままである。
  アナは彼のために、食べ物、靴、上着などを持って行く。
  負傷した部分に包帯を巻いてあげたりといった優しさを見せるところは、フランケンシュタインに花をあげてる少女の姿とだぶっている。
  映画の物語を自分が生きている不思議さ。
  しかし、現実を知らない少女は、この状況を素直に受け入れる。
   この辺りは、少女の目線に立った話の展開。
   しかしオーバーラップして、時代の状況も語られていた。
   つまり、内戦下で部隊から逃げ出した脱走兵に待っていたのは死である。
  暗闇での建物のシーン。
  何十発もの銃声と火薬が点火した時の光のみが映し出され、すぐに別のシーンに映る。
  その後何も知らないアナは建物に向かうが、そこにはもうフランケンシュタインはいなかった。
  壁際には血糊の跡が…。
  その後をつけていた父親に見つかり、アナは逃げ出す。
  父親にしてみれば、脱走兵が身につけていた自分のコートや靴、懐中時計のおかげであらぬ疑いをかけられていた。怪しげなアナの行動を不審に思い、後をつけてきたというわけである。
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  しかし、血糊と父親の怒り気味の眼を見て、彼女の中で映画の話がオーバーラップしたに違いない。
  アナは家に帰れば殺されると思い、夜中村はずれをさまよい歩く。
  そして佇んでいた池のほとりでアナが見たものは…。
  ここは幻想と疲れの入り混じった境界線上を描いたとても美しいシーンだと思うが、是非とも映画を見てほしいところ。

  このあと、この池のほとりで横たわっているところを発見され、しばらく病に伏したあと、復活を予見させて映画は終わる。
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  子供時代というのは幸せな時期である。
  なぜなら今が無限に続くと信じることのできる時期だからだ。
  しかし目に見えない恐れを感じることで、周囲は死は隣り合わせであることを自覚する。
  アナにとってのフランケンシュタインはそうした存在だった。
  無限の生の享受から死の自覚。
  当たり前だけど、つらいこの事実を自覚するということで、かえって生きることの豊かさ、大切さを感じることができるし、それが成長するということだと思う。
  1940年のスペインの片田舎の鄙びた感じの情景や、そんな田舎でも内戦の影響が色濃く出ている様子を織り交ぜながら、アナという少女のささやかな成長の過程を描いたこの映画は、誰もが持っている子供の頃のノスタルジックな感情を呼び起こしてくれる、珠玉の作品だと思う。