ドラマ2作目は最初のシーンからパンダが登場した。

朝っぱらからパンダだ。

静かな街に突如パンダが現れたのである。


撮影の段取りや全方向への気配りであたふたしてた男は、子どもの歓声でハッとする。

女優にパンダを被らせた大の大人が寄ってたかって真剣にそのパンダを撮っているのだ。

客観的に見たら驚きの景色だ。

当事者は全く気づいていなかった。


街に響く子どもたちの歓声は2人や3人ではなかった。

幼稚園のお散歩集団と鉢合わせた僕らは彼らの笑いの格好の的となったようで、しばらく大きな笑い声が街に広がった。


あぁ。笑い者にされてる。。

女優さん。ごめんなさい。。


罪悪感に苛まれながら目をやると、めっちゃ手振ってた。


そのおもてなし精神に溢れた女優さんの人柄にはとても頭が上がらないが、僕が驚いたのは幼稚園児の方である。

令和の幼稚園児は何やら大人の雰囲気すら感じる。

大人の思考を持ちながら、どこか童心のようなものを失いかけているのではないかと心配になるほどだ。


ドラマでも確認して頂けるが、パンダとは言えど首から上だけ。


脚本と経費の都合上、今の僕たちのレベルではパンダの顔部分を用意するので精一杯だった。

結果、『顔はパンダで首から下だけ生身の人間』というバケモノが幼稚園児に手を振っていたのである。


ポップな恋愛ドラマを撮るはずが、新手のホラーになってしまった。

彼らの将来が心配でならない。


ヒヤヒヤしながら外の撮影を無事終え、次はバーでの店内撮影。

前回出た課題を参考にしながら店内撮影は進めていった。

撮影自体は順調だった。


それでも1つだけどうしても気になる部分が残った。


『雰囲気』だ。


作品を作る雰囲気ではない。

監督やカメラマンにわざわざ来て頂いているのにその雰囲気ではない。


「この作品で人生変える」


そんな雰囲気ではない。


撮影自体は前回よりスムーズだ。

でも1番大切な部分が欠けている。


僕たちが目指しているのは、まだ日の光を浴びない『原石』を世に出すことだ。

まだ気づいてもらえていない『原石』を世に出すことだ。

時に心無い言葉で埋もれそうな彼らを僕たちの作品で世の中に知らしめることだ。


『彼らは、将来有望だぞ』と。


でもそれを成すにはもっと意識高くいなくてはいけない。

“作品” を作るんだ。どこにも手なんて抜けない。


『原石』だって輝こうとしなければ一生石コロのままだ。


現場の意識をもっと上げる。

手順的な面だけ考えて最も大切にする部分が欠けていた。


代表の僕が、もっと現場を締めなきゃダメだ。

パンダを見ながら爆笑できるのはその後だ。


次にパンダを出す頃には一人前のプロデューサーになろう。



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代表 奥田



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