病院で、赤ちゃんの心拍が確認できてからしばらくして


つわりというものが始まった。


毎日、気持ち悪い。


起き上がれそうも無いほどの吐き気に襲われていた。


仕事を休むわけには行かず、職場にも妊娠を報告することが出来なかった。


仕事と仕事の合間に休憩を取ったり、


吐き気でえづくのを我慢したり、


平日は、相変わらずのハードな日々で、朝から夜遅くまで働いていることもあった。



妊娠のことは告げず、勤務時間を短縮してもらい、


段々と、体にかかる負担は減っていったけれど、


悪阻は楽になると言われている12週になっても続いていた。



休日は、起き上がることすら出来なかった。


空気ですら妙な味で、


彼が家でご飯を作ってくれるのですら迷惑だった。


まともなものを作ってくれていたはずなんだけど、


この匂いは何なんだって言うくらい、


その頃のあたしは、すべての匂いがダメだった。



仕事にも行けそうも無い状態になり、産院に駆け込んだが、


つわりに効く特効薬はないことを思い知らされる。


つわりは、病気じゃないから・・・。



初めてのコトだらけで、妊娠のにの字もわからなかったあたしは、


すべての事に戸惑ってばかりだった。


そして、何の知識も無いがゆえに、間違った行動を取ってしまった。

2003年7月、


予定を過ぎても月のものが来ない。


早く来ることはあっても、遅れることは無かったから、


もしかして・・という考えが過ぎる。



2本入りの妊娠検査薬を買って、1本を使ってみた。



結果は陰性。



でも、来るはずのものは、来なかった。



それまでのあたしは、ピルを飲んでいたので


そういう不安感に襲われることは無かったが、


その月だけは、違っていた。



引越し先で病院が見つけられず、ピルを切らしていたからだった。



それから、また1週間くらい経ったころ、


2本目の検査薬を試した。



縦に線が出たら陽性と書かれている説明通り、


陽性反応が出た。



妊娠、しているみたい。



すぐに、彼にメールをした。



「検査薬で陽性反応が出た」


彼からの返事はシンプルだった。


「土曜日に一緒に病院に行こう」


それだけ。



後で聞いたら、あたしが1人で病院に行って


中絶しないように、刺激の無い言葉を選んだそう。



その頃のあたしは、大学に籍を置いたまま仕事を始めたばかりだった、


やっと、自分の望む人生を作っていける、


これからだっていう時に、赤ちゃんが出来た。



あたしの状況や立場から・・周りも反対した。



彼は、最初から、子供を望んでくれていた。



あたしは、悩んだ。


病院に行っても、医者は産むかどうかの質問はしない。


また、1週間後に来てと、流れ作業のような診察だけ、


そして、何が写っているかわからないようなエコー写真をくれる。



それから数週間後、医者に言われた言葉で


あたしの迷いは消えた。


「赤ちゃんの心臓が動き始めているよ 」


赤ちゃんなんていう形ではないけど、もう心臓が動いている


存在、生きているんだと思うと、それを消すことはできないと思った。



彼以外、誰も喜んでくれない赤ちゃん、


すべての人の祝福を受けることが出来ないと覚悟が必要だった。



あたしと、彼だけしかきっと、この子を愛してはくれないだろう。


それでも、産みたいと思った。


あたしの赤ちゃん。