こうなったらオレも翔ちゃんの弱味を握るしかない。それからと言うもの、オレは収録中やその合間、逐一翔ちゃんの行動を見張った。

メイク前の翔ちゃん。
台本を入念に確認する翔ちゃん。
共演者さんとのコミュニケーションを欠かさない翔ちゃん。
スタッフさん達への気遣いも怠らない翔ちゃん。
控え室に挨拶に来た後輩を労う翔ちゃん。
そこには一ミリの不足もなく、一点の曇りもなく、完璧な嵐の櫻井翔がいた。
いつものカッコいい翔ちゃんで、特に笑ってる穏やかで優しいその姿は紳士そのものだった。

………なんか、翔ちゃんのあら探しをしてるみたいで、オレは急に自己嫌悪に陥った。そもそも、翔ちゃんから仕掛けて来た事なのに。

それに、これから年末年始で忙しくなるのに、嵐を掻き回すような事を翔ちゃんがするわけない。
あの写真を松潤に言うなんて、翔ちゃんはきっと本当にはしないだろう。あんな事をした翔ちゃんの目的はわからないけど、ただのイタズラなんだろうし。

そう思うと、オレは何を躍起になって翔ちゃんの枝葉末節に拘っていたんだろうと情けなくなる。本当に小さい男だと思う。
馬鹿馬鹿しくなって、オレはすぐさま翔ちゃんの観察をやめた。
きっと翔ちゃんもそのうち飽きるだろう。

翔ちゃんのイタズラも旬が過ぎたのか、それからは特に何も仕掛けて来る事はなく、やっぱり一過性のものだったんだなと安心した。
とは言え、なんとなく翔ちゃんに避けられてるような気がしてならなかった。
いや、普段通りっちゃ普段通りなんだけど、なんとなく翔ちゃんが遠いと言うか距離があいてるような……。
手を伸ばしても翔ちゃんに当たらない。それがどうにもしっくり来ない。
ずっと合わない靴を履かされている気分で、そばに行きたくても歩きにくくてたまらない。

「翔ちゃん」

「相葉くん、なに?」

控え室で翔ちゃんと二人きりになったタイミングを狙って、翔ちゃんに話し掛けた。
返事は至って普通で、だけど、注意深く見ていなければ見過ごしていたかもしれないほどの小さな小さな違和感があった。

「ね、オレの事避けてるでしょ」

「……さすがだね。わかったんだ」

「そりゃわかるよ」

違うよって言ってほしかった。
だって、オレを避けてたって事はあのイタズラがイタズラじゃなくなってしまうから。
どういうつもりであんなつまんない事したんだよ、翔ちゃんのバカ。
目の前にいる嵐のメンバーなのに全然知らない人に見えた。それがどうしようもなく怖くて、オレは狼狽えてしまう。

「やり過ぎたなって、思って……。反省してた」

ノリのいい翔ちゃんがこんな気まずい雰囲気で笑うから、なんだかこちらが悪い事をしてるみたいで身の置き場がない。
翔ちゃんの気持ちを探りたくて、翔ちゃんを見る。
このまま、翔ちゃんの瞳の奥にある真相まで真っ直ぐに辿り着けたらどんなに楽だろう。

「そんな目で見ないでくれる?勘違いするから」

「え?あ、ごめん……」

「でも、悪くないかな」

勘違いってなんだろうって、ぼんやり考えていたら、翔ちゃんはゆっくりとオレの頬に手を置いた。その手は震えていて、こちらにまで翔ちゃんの戸惑いがダイレクトに伝わって来た。
触れてもいいのか、オレに拒否されたらどうしようなんて、そんな翔ちゃんの思いが、オレの中にどんどん入って来る。
こんな気弱な翔ちゃん、見た事ないかもしれない。

「相葉くんの目を見てたら勘違いしそうになっちゃうな」

「勘違いって、なんか翔ちゃんオレの事が好きみたいな言い方だよ」

検討外れもいいとこだとは思うけど、それほど、翔ちゃんの言い草はおかしなものだったと思う。

「………はい?」

「はい?」

「いや好きだけど」

「好きなの?え?オレの事を?」

「え?わかってくれてたんじゃねえの?」

どうしてなのかはわかんないけど、翔ちゃんは動揺しているようだった。
二人の間にははてながたくさん飛んでいた。ポップなものだったり、シュールなものだったり、いろとりどりで全部の種類を見つける事はできないだろう。
若手のイドルのMVにこういうの、ありそうだなと場違いな事を考えた。

「好きでもないヤツとキスしないじゃん」

「いや、あれは翔ちゃんが無理やりヤったんじゃん!オレをハメたんでしょ」

「ごめん、悪かったよ。ちゃんと消してる」

「……ほんと!?」

「そんな喜ぶ事ないじゃん」

「だってあんな不意打ちズルいじゃん」

「じゃあ不意打ちじゃないのさせて」

翔ちゃんの唇が、またオレのそれにくっついた。少し慣れ始めてるのが自分でもどうかと思う。
翔ちゃんの唇が離れるまでおとなしく翔ちゃんに好きにさせてしまうオレもどうかと思うけど、まるで身体が動かなかった。

「好きになってごめん」

「謝らないでよ」

「じゃあいいんだ?オレとお付き合いしてくれんの?」

「それとこれとは別だけど」

肘で翔ちゃんを押して、翔ちゃんの距離を保つ。翔ちゃんは素直に離れてくれたけど、手を顎にやって「うーん」と考えるフリをした。

「でも2回もキスしたしなぁ」

「どっちも不意打ちじゃん」

「いや2回目は違うだろ」

あれも事故のようなもので、オレは到底認められないものだと翔ちゃんに言った。
翔ちゃんは寂しそうに「そっか」と言ったっきり黙りこんでしまった。
それなのに、ぱっと顔をあげてオレを見ると、照れたようにオレの腕を取り、オレは翔ちゃんに引き寄せられた。

「じゃあ3回目」

そう言った翔ちゃんはまたオレに唇を重ねた。今までの2回が全くのお遊びだったと言わんばかりに、きちんと角度まで整えてお互いの唇を感じ合えるようにくっつけられた。

「んっ……」

生々しくて、濡れた感触が骨の髄まで刺激してくる。
翔ちゃんへのやり場のない怒りをとかすように、ゆっくりと唇を吸われる。チョコレートみたいに甘く、香り高いのに口に合わないような気がする。
だって翔ちゃんとキスなんて、考えた事もなかったから。それなのに、翔ちゃんの舌に合わせて絡め合わせてしまう。お互いの舌でチョコレートをとかしてく感覚に似ていた。

「ん、はっ……」

翔ちゃんの吐息を感じると、本当にチョコレートでも舐めてるんじゃないかと思うほど、甘いにおいがした。
その甘さにまたくらくらする。これ以上どうにかなる自分が怖くて思い出したかのように抵抗した。

「翔ちゃん、やめて」

抵抗と言うにはかわいすぎるものだったけど、翔ちゃんはゆっくりと唇を離してくれた。
オレはほっとしたのも束の間、翔ちゃんが今度はほっぺにキスをした。

「4回目」

「5回目」

わざとらしくぶちゅぶちゅと音を立てて、どうしていいかわからないオレを励ましてくれているみたいだった。
励ますもなにも、翔ちゃんが発端なんだけど。

「ろっかい……」

「目、はないよ!」

翔ちゃんをバリバリっと音がするほどひっぺがす。
これ以上好きにさせるわけにはいかない。
本当なら、目を合わせる事も憚られるほどの事が起こったはずなのに、空気は俄然軽かった。

「調子乗り過ぎ!」

翔ちゃんをはたこうとして手をあげた時、オレ達以外のメンバー3人が控え室のドアを開けた。

「あっ……」

ヤバい展開なんじゃないだろうか。
身体は固まってしまって、これじゃあ明らかにオレが翔ちゃんを叩こうとしてるみたいだった。
翔ちゃんは翔ちゃんで、しでかした事の罪悪感からか、オレから叩かれると覚悟して頭を庇っていた。
これじゃますますオレの分が悪い。

確かにはたこうとはしたけど、軽い勢いだし、本当にぺちっとだけのつもりだったのに、ニノが大騒ぎする。

「わー相葉さんが翔やんを殴ろうとしてるー」

「なぐっ……!?ちげえよ!」

「仲良くやれよー」

松潤が呆れながら席についた。続いておーちゃんも興味なさそうに「そーだそーだ」と言ってスマホに釘付けになった。
そしておもむろに顔をあげたかと思うと、何の念押しなのか再度「相葉ちゃん、ダメだぞ」と、子供を叱るように窘められた。
いやそれなんのダメ押し!?

「違うってば!翔ちゃんがオレにっ……」

「オレに?何されたの」

オレが慌てて3人に事情を説明しようとしたら、翔ちゃんに今までで一番酷いニヤニヤで問われた。
何されたって……、そんなの、メンバーに言えるわけもなくオレは黙り込んでしまった。

「だから何?」

「なんでもないっ」

オレは結局言う事はできなくて、皆に八つ当たりのように大声を出して控え室を後にした。
ズカズカ廊下を歩きながら、心に硬く誓う。

翔ちゃん、絶対仕返ししてやるから!


☆おしまい☆