クライアントの方の言葉に
ちょっと前の自分を感じることがあります。
「やらせたい、やるもんだと思っていたけど
やりたい、行きたいとは私自身ちっとも思っていませんでした」
お子さんの習い事の話です。
実は私にもそんなことがありました。
上の子が高学年の時のこと。
ずっと習っていたピアノでした。
小さい頃から行き始めたので、
本人も当たり前のように言っていて
ずっと続けると思っていました。
ところがある日
「ピアノはお母さんがやらせたかったからでしょ、もうそろそろやめてもいいでしょ」
と言われたのです。
なんと彼女は
私の為に通っていた!((((;゚Д゚)))))))
えええー???
そんな風に思っていたなんて。
ちょっと待って、
あなた自身にも通ってて
楽しいとか嬉しいとか 、ないの?
曲が弾けて、
楽譜読めたりして
学校でも苦労することなかったでしょ?
それに対して
「うん、だからもう行く必要、ないじゃん」
「楽しいとか嬉しいとかより他のこともやりたいしさ」
。。。。
。。。。。そうでした。
私はピアノに通わせるときに
「楽譜読めたり、
リズム取れるようになっておくと、
みんなの前で演奏したり歌ったりするとき
恥ずかしくないよ」
そんなことを言った記憶が蘇りました。
書いてて思う、
昔の私は
ガチガチ不安の塊だったんだな、と。
子どもが恥ずかしくないように
特技がある、って言えるように
自信が持てるように
それ、子どもじゃなくて
私自身に対してだったのです。。。
そして、
小さい頃の私自身ができなかった
リベンジ。
やったほうがい、
やるもんだよね(これも自分の価値観)、
みたいなところから
通い始めたらそれが当たり前になり
そもそもの目的も
本人の意思も関係なく
ただ通う、
ただ行かせる。
そんな落とし穴にハマっていたのでした。
子どもに可能性がある、
ということを感じさせたい。
それもまた、
自分自身ができなかったことからの
リベンジみたいなものですね。
可能性がない、なんて思って生まれてきていないんだもの、子どもはね。
そして、我が子は。。。
まだピアノ、やめてませんよ。
部活や塾で超ハードなスケジュールの中、
楽しく通っているのです。
練習、あいかわらずしません。
する時間もありません。
でも、楽しいんだって

それが一番のエネルギーなんですね。
当たり前なんだけど、
見失いがち、忘れがち。
続けてほしいという
せっかくここまで続けたんだから、
なんていう親の損得感情は、
なんの意味もありません。
やりたかったらやったらいい
やりたくないならやめたらいい。
またやりたくなったら
そこから始めたらいい。
そんなシンプルなことに気づいて
笑顔になったクライアントさんでした。