夫はいつも子どもたちに甘い。
娘二人のせいか、
小さい頃から、
何でもokで
欲しいといえば子どもと吟味して買い与え
勉強よりも
休みに遊びに行くスケジュールを毎週たてていた。
今から思えば神だ。(今から思えば 笑)
その時は
小言を言うのも
アドバイスするのも
指示命令出すのも私で
何かの準備も
何かの後片付けも
何かの調整も
何かの手続きも
全部私だった。
役割分担といえばそうだろう。
でも常に笑って遊ぶのはあっちで
常に仏頂面で難しいこと言ってるのはこっちだった。
と、
勝手に思っていた。
中学生になり
塾を色々検討して行く中、
私と子どもでは話が滞ることが出てきた。
私もいろんな本を読み
コーチングもカウンセリングもやってる身だから
少しは聴けていると思う。
伝わっていると思う。
で、別に仲が悪いわけじゃない。
信頼関係がないわけじゃない。
でも、そう言うことじゃなかった。
私に問題、じやなくて
子どもに問題、じやなくて
父親からの声、視線、だった。
そして、
私は遊ぶこととか
ゆったりするとか
のんびりするとか
サボることとか
そっちにシフトして
今までの、
勝手な役割分担を
ゆるゆる緩めてみたら
なんか
うまく言えないけど
もっと和やかに
もっとスムーズに
いってる気がする。
夫の落ち着いた話し方に
子どもは私との熱いやり取りではない、
落ち着いてしっかりとした受け応えと
黙って冷静に聞いている姿勢を
崩さなかった。
おおおおおお〜!
なんか色々、
1人でやってたけど、
1人でやらなくていいんだ、と
ほっとした。
やっぱり夫は神だ。(笑)
私は単純に
ゆるゆるしたらいいんだ。
遊んだらいいんだ。
自分で何かしようとしていたつもりはなかったけど、
結局はそうしてた。
これからはもっと
逆にシフト。
そしてちゃんとバランス。
お互いの凸凹は
常に一定ではなくて、
いろんな状態や時期によって
凸は凹になり
凹は凸になり
夫婦、父母のカタチは、バランスをとる。
私1人じゃない、
ハンパない安心感は
やっぱり夫の存在でした。
これは、単純に私の場合。
いろんな状況の人がいて
いろんな環境の人がいる。
きっとでも、
周りの世界には
誰かがいる。
大事なのは
1人じゃないことを
ちゃんと感じる、ってことだろう、と。