こうしなければ
ああしなければ
こうあるべき
こうするべき
不安や恐怖から
「今ここ」にいるから
「ねば」「べき」が生まれる。
そうしなければ、どうなる?
こうしなければ、どうなる?
「きっとこうなる」
「きっとああなる」
「きっとこう言われる」
「きっとこうされる」
それは、
100%起こる、現実ですか?
あなたの不安も
あなたの恐怖も
誰もが持っている。
良い悪いではなくて
その不安も恐怖も
隠さなくて良い。
隠すからややこしくなる。
隠すからわかりにくくなる。
聞いてごらん、周りの人に。
「こうしたら、ああなる?」
「ああしたら、こう言われる?」
きっと、同じ答えがあったとしても、
みんなそれぞれ言うだろう。
だから100%なんてないんだよ。
つまりは、
答えなんて1つじゃない、ということ。
だったら、
先にある答えを決めなくても良いじゃない。
決めようのない答えを
今出さなくても良いじゃない。
それよりも
ただ
自分を認める、ということ。
恐怖に怯える自分も
不安に怯える自分も
ただ認めて、
そのままで良いんだ、と
それで良いんだ、と
ただ認めてみよう。
恐怖に怯えても良い
不安に怯えても良い。
その自分をただ感じて
抱きしめてあげれば良いだけだ。
恐れも不安も
安心すれば消えて無くなるから。
自分しか
自分を
安心させてあげられないのだから。