つかうもの。
道具。
言葉。
たとえばコトバという単語の意味はわかりやすいとして
【元気】という単語ってわかりにくいと思いながら生きてきました。

☆少し話したい路線から外れますが【元気】と関連して【頑張れ】も、わたし個人にはしっくりこない単語です(でした)☆
【元気】に関して言えば、単なるわたしの不勉強・知識不足はわかっています。
しかし、性格上《自分がしっくりすることが自分の知識の源》なので、少しづつ少しづつ考えながら「こうこうこうゆうことかなあ」とおもいながら生きるのが好きなのです。
☆やはりわたしは、ガッコが合っていなかったのだろうと・・そこは認めます☆
さて(話をまたもどして)大好きな旅に出て一日目すぐ、【元気の無い自分】に気がついたわたし。もちろん楽しみにしていたわけで、、、『元気な旅!』をするはずだったのに。。。
落ち込みましたね。自由な連続した時間なんてそう頻繁には取れませんし。なんとしても充実した旅を成功させねば!という『まじめな一面』を持ち合わせていますもの、わたし。
落ち込みましたが、たぶんなんとかなるさとも思えましたので(そこは年の功で)ぐぐっと粘りの気持ちで。その落ち込みを、不満に差し替えてしまうと、さらなる悲劇を生むかもしれませんものね。(経験の功か?!)
果たして、粘りの今日+頑張りの今日=元気の意味を知ることができたので、このブログに示すわけです。
どのようなことだったら
どんなわたしだったら
わたし自身が満足になれたり
嬉しくなれたり
しあわせを感じることができるのかが
わたしの(良い)気持ちの【元】だということ。
そこには人に迷惑をかけて平気なわたしは居ませんし、誰かの為にわたしに何が出来るだろうか?と考えるわたしが居るわけです。
☆普段、ほんの少しのこころの余裕の有無で、優しくなれたりその逆であったりをするわたしですが、そんな自分自身に甘いわたしでもあります☆
自分の満足点を知りもせずに、不満点ばかり突き止めようとするのは、あまりにも自分に無責任。今日は、そんなことを思ったのです。
☆さらっと『頑張って』『元気だすんよ』を言われることに幼少からはげしく抵抗を感じることでありましたが、そこの切り返しはなかなか難しかったわたしでもあります☆
実は、その抵抗を感じさせずわたしを上手に励ますことが出来る人(人たち)も居るわけです。そのあたりの不思議さを感じることもここに綴っておきます。
わたしにとって【元気】は上っ面な印象しか感じないけれども
【気の元】とすれば、わたしが好きなわたしもわたしがキライなわたしも、両方を見つめてあげられるような良い気がするのです。
最後に
太宰府天満宮に感謝(*˘︶˘*).。.:*♡