β-9

目を開ける。俺は、小さな畳の部屋に敷かれた布団の上で寝ていたらしい。周りを伺うと、横に佐々木が座ったまま寝息をたてていた。それよりも、さっき体験した記憶のようなものは何だったのだろうか。夢か、はたまた本当にあった過去なのか…。過去の記憶なら、俺はあの衝撃的な出来事を完全に忘れていたことになる。しかし、夢のような気がしないのだ。
「起きたか…。」
そう呟いたのは、藤原だった。部屋の入り口に立って俺を見下ろしている。
「何だったんだ?今のは…。」
無意識に藤原にそう問うていた。
「さぁな、俺の知ったことではない。ただ、お前が寝ている間にある面白い事実が判明した。」
藤原はそう答えて、数学の難問を証明するかのように自慢気に話し始めた。
「今まで、四年前の時間変動より前には誰も時間遡行できないと言われていたのだが…。先程、お前と佐々木だけは例外で、遡行できる可能性があることがわかった。…そこでだ、お前と佐々木には四年前の時間変動より二日前に時間遡行してもらう。」
何をムチャクチャなことを言っているのだコイツは…。そもそも、俺と佐々木には時間遡行する手段がないだろう。どうやって遡行しろと言うのだ。





如月の言葉を聞いて、俺は確信した。『あぁ、俺はこいつのことが好きなんだ。』と…。如月の肩をそっと寄せる。そして目を閉じ、互いの唇を重ね合わせた。如月の存在がものすごく近くに感じられた。たとえ、どんな困難があったとしても、こいつを一生離したくないと、そう思った。唇をはなし、向かい合う。
「如月、俺と一緒に過ごそう。」
短く、でもハッキリとそう言い切った。周りの雑音にかき消されることのないように。
如月は小さく頷いた。おそらく、まだ不安があるのだろう。親に逆らうことは子供にとって、勇気のいることだ。それでも、如月は一緒にいてくれると言ってくれた。そして、もう一度唇を重ね合わせる。ずっとこのままでいたいと思った。今まで退屈な日々をおくり、何の夢もなく、希望もなく、ただ暇を持て余していただけの俺。そんな俺の心の中にあった蟠りはいつの間にか消えていた。これからはこいつと一緒に過ごしていく。きっと、今までのような堕落した生活とはかけ離れた、楽しく、充実した毎日になるに違いない。


不安はひとつもなかった…。


ここから、この日から俺の、俺たちの物語は廻り始めた…。


世界中を…いや、全宇宙を巻き込んで。






助力にはなれなかった。如月はなんと言われようが自分だけに非があると思い込むんだままなのだろう。でも、だからこそ力になりたかった。外面だけじゃなく、心から如月のことを助けてやりたいと、そう思ったのかもしれない。

如月との距離を少し詰める。さっきから小刻みに如月の肩が震えている。小さな喘ぎ声が微かに聴こえる。泣いていた。心の中の何かが吹っ切れたような感覚があり、気がつくと俺は如月の震える肩に手を置いていた。世間体やら周りの反応やらは、もうどうでもよくなっていた。
「俺はお前の側にいる。いや、『いる』とか『いない』とかじゃなくて、大切なのは、その人の側に『いたい』のか『いたくない』のかじゃないか?だからさ、俺はお前の側にいたい。お前は…っ。」
そこから先は言えなかった。恥ずかしいとか、そういうことではなく、聞くのが怖かった。聞いて否定されるのが怖かった。
「私は…。」
如月が必死に涙をこらえるようにして話し始めた。心に掃き溜めのように溜まった思いを吐き出すかのように…。
「私は、新崎くんの側にいたい。どんなに親が反対しようと、新崎くんと一緒に過ごしたい。それが、私の願い。」