ブログを始めたものの,三日坊主にすらならなかったため,これはいけないと思ったので更新します。


今回お話しようと思うのは,グロテスクな表現についての私なりの偏見の話です。


昨今,アニメや漫画でグロテスクな表現を見かける方も多いのではないでしょうか。

ストーリーの進行上,そういった表現を行うことが必然な場合もありますが,そうではない場合もあります。グロ表現をメインにおいて,それを楽しむようなタイプのものです。

作品名はあげませんが,個人的に思い当たる作品が多々あるのです。


需要があるから供給があるはずです。

グロテスクな表現の需要はどの層にあるのか,携帯ゲームをしながらぼんやり考えてみました。

勝手に作品を思い浮かべて考えると,やっぱりライトではないタイプのオタク層に需要があるのかなといったように思います。


ではどうしてそういったオタク層はグロテスク表現が好きなのか。

(ここから先は先ほどよりももっと根拠のない私のクソ偏見がクソ混じったクソ文章になるので,お許しいただきたいです。)

グロテスク表現は一番手っ取り早く感情移入できる非日常だからではないでしょうか。


例えば,自分がいきなり異世界にとばされる場面を想像できますか?

なかなか難しいと思います。瞬時に想像できた方は創作の才能があるかもしれないので,今すぐ小説を書きましょう。

では,次に自分の身近な人物が惨殺される光景を想像してみてください。

先ほどよりは簡単に想像できたのではないでしょうか。

グロテスクな要素は,比較的イメージしやすい非日常要素なのです。


自身の身近に置き換えてイメージできる非日常要素,これをアニメやゲームに盛り込むことで,心をとらえる作品になりやすくなるのではないでしょうか。

そこで「グロテスク要素に動じない主人公」ですとか,「内臓,血液を美しいと感じる狂気の人格」などのイレギュラーな要素を盛り込めば,完全にありがちな創作ですありがとうございましたといった感じです。


中学二年生系の趣味の方がグロ表現を好むのも,こういった傾向があるためではないでしょうか。

自分が他人と違うのだと思いたい人間であれば,他人が忌避するものに魅力を感じたいという願望が生じてもおかしくない,しかも手っ取り早くイメージできるとあればなおさら魅力的に映るはずです。


もう書きたいことは書いてしまったから,文がまとまらなくなってしまったので,まとめもクソもないですが今回はここまででおしまいにします。

念のため言うと私はグロいのは苦手だしレバーは食べられないです。よろしくおねがいします。