本件は、A男の財産をめぐる2人の息子の争いです。
(事件の詳細は①・②をご覧ください)
今回は、次男について考えてみます。
長男はA男(軽い認知症)を自宅に引き取って介護し、A男の預金を管理していました。次男は離れたところに住んでいるので、あまりA男に会いに来ません。
そんななか、お金がないはずの長男が自宅を新築しました。
次男は「長男がA男の財産を使い込んだのでは…」と疑いました。
そこで、長男にA男の預金通帳を見せてくれるように頼みました。
しかし、長男は見せてくれません。
「やっぱり、長男はA男の財産を使い込んでるんだ!」疑惑はますます深まります。
「このまま放っておいたら、お父さんが死んだときには相続する財産がなくなっているかも…。」
次男はあせりと不安でいっぱいになりました。
そこで、次男は長男に相談なくいきなりA男の成年後見開始の申立てをすることにしました。
そして、自分がA男の成年後見人になってA男の財産を管理しようと思いました。
次男としては、申立てにあたって、まずはA男の診断書を入手しないといけないのですが、A男の主治医と面識があるのは長男ですし、主治医に頼んだら長男に伝わってしまうかもしれないと不安です。A男を長男宅から連れ出して、他の医者に診てもらうのも、難しいでしょう。
しかたなく、次男は事情を書いた上申書をつけて、診断書なしで申し立てることにしました。
また、財産もわからないので、財産目録・収支状況報告書も「不明」と書かざるを得ません。なぜ不明なのかについても上申書に記載します。
また、長男との経緯も上申書に書いておいた方がよいでしょう。
そうすると、裁判所は、長男と次男の親族間の争いがあることを知りますから、調査官がA男に面会して調査するとともに、鑑定を実施するでしょう。鑑定の結果、後見類型ではなく、保佐・補助のような他の類型になる可能性もあります。
次男は自分がA男の後見人になろうとしていますが、本件のように親族間の争いがあるようなケースでは、専門職(弁護士・司法書士など)が後見人に選任されるでしょう。
専門職が後見人になったあとは、A男の財産管理はきちんと管理されるので、次C男としては安心です。
ただ、後見人は親族に対して、A男の財産を報告する義務はありませんので、次男が、A男の財産の内容を教えてくれと頼んでも、教えてはもらえないでしょう。
その場合、次男は裁判所に対して記録の閲覧請求をすることになります。
もっとも、閲覧には裁判所の許可が必要ですから、必ず閲覧できるとは限りません。
次男としては、後見人に過去の長男の使い込み疑惑を調べてもらいたいですから、その旨後見人に伝えることになります。ただ、後見人は自分の就任前の出費についてすべてを調べるのは証拠がない場合は事実上困難でしょう。もっとも、長男の自宅新築費用などの多額の出費がA男の財産からなされていたことが明白であったら、後見人は、長男に対し、その返還を求めていくことになります。
ただ、後見人が長男に対して返還を求める訴訟等をしないからといって、次男が後見人の解任請求を裁判所に対して行っても解任されるとは限りません。「成年後見人には代理権があるが、訴訟提起をするかどうかは、その必要性、勝訴の見込み、最終的に権利が実現される見込み等を考慮する必要があり、当然には訴訟提起の義務までは生じず、裁量に委ねられている」(「裁判所からみた成年後見人等の義務と責任の考え方と運用の実情」東京家庭裁判所家事第1部(後見センター)小西洋裁判官/実践成年後見No.51)とされているからです。
本件は、完全に長男と次男の兄弟間のコミュニケーション不足が原因ですよね…。
父親の権利を守るための制度であるはずの成年後見制度が、息子の相続財産を確保するための手段にかわってしまっています。
まさに相続争いの前哨戦といえるでしょう。