時の感銘
写真はもう随分セピア色に色褪せていた。
そこに写っているのは母親と少年だった。二人とも金髪の。
母親はしゃがんでおり、少年の肩を抱いている。
少年ははにかみながら母親のワンピースを引っ張っている。
写真の裏には
1978年6月11日 レニーとルーク 薔薇園にて
ルーク!!
父はなぜこの写真を持っているの?
この写真を持っているということは、父が写したということ?
一体どういうつながりなの?
本の奥になにかが見える。
手紙の束のようだ。
数にして20通ほど。
差出人は・・・レニーラングレー!
時間の経過のせいか、紙は黄色に変色しインクも薄れている。
私は長丁場を覚悟して書斎の椅子に座り、その手紙を読み始めた。
1978年1月9日
親愛なる高坂忠利様
早いもので主人が亡くなって2年が経ちました。
当時のことを思い返すと記憶がパズルのように散らばりながらも、時々きちんとひとつの絵になり私を苦しめます。
主人との日々をいい思い出だったと思えるにはまだまだ時間がかかりそうです。
むしろ今の私にはそんな日が来ることが想像できません。
ルークは7歳になりました。
幸いなことに父親を失った時期のことをあまり覚えてはいないようです。
外では友達と森を一日中走り回るくせに、家では私のスカートを離さなかったりします。
男の子って面白いですね。
奥様や美奈子ちゃんはどうしていますか?
奥様は相変わらず美しい薔薇を育てていらっしゃるのでしょうか?
可愛らしく賢い美奈子ちゃんは女の子らしく成長していますか?
私は気がかりなことはあの時の会話を聞かれてはいなかったか?と言うことです。
そしてもし、もし聞いてしまっていて、もし彼女の心に深い闇を残してしまっていたら・・・と。
先生、もし何か気づいたことがあったらご連絡ください。
それは主人を悼むことでもあるのです。
私のつまらない杞憂であることを祈ります。
寒い日が続きますが、先生もご家族の皆様もお体にはお気をつけください。
レニーラングレー
時の感銘
日南鋼鉄の処理は只野弁護士のおかげでスムーズに進んでいた。
元々相性の良くなかった北野課長は責任を取る形でマレーシア支店に移動が決まった。
桂木部長は後任に私を推薦してくれたが、私は慎んで固辞した。
現場の責任者であったことへの責任や会社への迷惑を考えると当然引き受けるべきではないし、また穴埋め的に昇進することにも気が引けた。
今の私にとっては仕事は大事だが、すべてではないと思えるようになった。
なにもかも仕事のせいにしていた。
時間がないことも、自分の生活がないことも。
依存していたのは自分だったのに。
だけど認めることができないまま時間だけが過ぎていた気がする。
今日は企画書の作成は取りやめて家中の大掃除をした。
大量の本を片付けると、自分も身軽になった気がした。
今住んでいる家は父が残してくれたものだ。
父の死後、母は「父の匂いがするから」と避暑地に持っていた別荘に移った。
父は無類の本好きだった。
書斎は三面が備え付けの本棚になっており、角には大量の本が積みあがっている。
窓を開け、風を入れる。
久しぶりに本棚を眺めた。
父の本の趣味は多種雑種だったから、見ているだけで飽きない。
「いつか整理しないとな。」
と言って頭を掻いた父が鮮やかに蘇る。
いつもこっそり部屋を冒険するといつも父は同じ場所に立っていた。
窓寄りの一番上。
目をやるとそこには「薔薇」というタイトルの本があった。
台に乗り手に取る。
埃を払うとそこには見事な薔薇の刺繍が施されていた。
本ではなく、英語の日記のようだ。
うっすらスミレの香りがした。
字は随分薄くなり、本にも少し黄ばみが見えるが読めないほどではない。
パラパラとめくると一枚の写真が出てきた。
時の感銘
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Dearest Minako,
この間、君からのメールを貰った日の夜、ホテルの部屋の窓を全開にして
月を見た。
本当に静かで・・・とても綺麗な月だったよ。
君がそばにいるような気分だった。
そして、とても心が満たされるのを感じた。
こんなに遠くにいる僕たちに同じ物が見える。
これってすごいことだよね。
僕は昔日本に住んでいたんだ。
近所の森には大きな木がたくさんあってね。
小さいときから僕は高いところが好きだったから、暇さえあれば木に登っていたんだ。
なんにでも手が届くような気がしていたよ。
冬のある日、僕はパパの大きい靴を履いてその森の中で一番高い木に登って一番てっぺんまで行っちゃったんだって。
もうてっぺんなんて、枝の太さしかなかったのに。
よく折れなかったと思うね。
ところが降りられなくなっちゃって、レスキュー隊が来ちゃってさ。
やっと救出されてママに
「なんでパパの靴を履いてあんな所まで登っちゃったの?」
って聞かれたときに、僕はなんて答えたと思う?
「寒かったから」だって!
自分の靴より高いかかとのパパの靴を履いて一番高い木に登って、太陽に近づこうとしていたんだって。
その話をするときのママの顔はなぜかいつも嬉しそうでね。
あの時はあんなに怒っていたくせに、親戚でこの話を知らない人はいないんだよ。
この地球。惑星、果てしない宇宙。
僕らの存在はあまりにも小さい。
その中で僕らは生きることを学んでいるんだ。
人生は短い。
息をして食事をしているだけなら生きているとは言えない。
心が生きていなければ何の意味をも持たないんだ。
僕は今でも君の笑顔が忘れられない。
その笑顔のために僕は今こうしているんだ。
もし君がいなかったら・・・やめよう。
僕らはこうしてまた出会っているのだから。
Luke
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私は自分が涙を流していることにしばらく気づかなかった。
キーボードの上に涙が落ちている。
私はキーをなでた。
私の心は本当に砂漠だったのだ。
彼は誰よりも私のことを知っている。この内側を。
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Dearest Luke,
私は何年も生きてはいなかったかもしれない。心が。
何から逃げていたのか、なぜ自分の弱さを見せることが出来なかったのか。
それは私にも分からない。
今死んでも気づいてくれるのは、友達でも家族でもない。
それが分かっていながら私は仕事を選んでいた。
あなたが私を以前から知っていることについてはなんとなく分かる気がするの。
なぜと言われても答えられないけど。
あなたが太陽に近づきたかった理由も分かる気がするの。
不思議よね。
Minako
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時の感銘
私は深々と頭を下げた。
桂木営業本部長の視線が私の心臓を貫く。
北野課長が口を出す。
「高坂君、大変なことをしてくれたんだよ!
分かっているのか?
君がひとり謝って済む問題じゃないんだよ!!
大体なんでこんなになるまで放置したんだ?
最近なんかおかしいんじゃないのか?
男でも出来て浮ついているんじゃないの?」
拳に力が入る。
「申し訳ありません。
もっと早く小島に回収の指示を出すべきでした。
しかし日南鋼鉄には大手の東洋鋼管との合併の話がありました。
不渡りは免れるという債権者の話には真実性があり、こちらで調査した
内容と一致しました。
突然東洋が日南の合併を白紙にしたというのは何らかの理由があるとは
思われるのですが。
今となっては私がもっと東洋の動きを掴んでおくべきでした。
謝罪して許されるものではないことは十分承知しておりますが・・・。
本当に申し訳ありません。」
「北野課長、負債総額はいくらなんだい?」
「えっ?あっ あのー高坂君、部長に説明して」
「北野君、君は何も知らないのか?」
「あっ申し訳ありません!
今日は朝からバタバタしておりまして・・・まだ高坂から詳しい内容を
聞いていなかったものですから・・・。すみません。」
北野課長は睨みつけながら話している。
「負債総額の内訳は今小島の方で計算しておりますので午前中にはお渡しできると思います。」
「分かった。」
桂木部長は立ち上がった。
「役員も弁護士も今緊急で招集をかけている。
私も含めてクビだけで済むか分からないが、責任問題は回避できない。
そのことだけは念頭に置いておいてくれ」
そう言って部長は私の肩を優しく手を置くと会議室を後にした。
「高坂君のせいだよ。僕は知らないからね。
大体どうしてこんなことになるまで放置していたんだ?
君には何らか責任を取ってもらうことになるからね。
僕の名前を出すなよな。
高坂君のように簡単に辞められないんだから!
俺には子供が3人もいるんだぞ!
上は来年私立に受験なんだから。
いいか、僕は高坂君みたいにお気楽じゃないんだ。
君がなんとかしてくれよ!
これだから女は・・・・!!!」
でかい音を立てながら戸を閉め、出て行った。
もう拳には全く力が入らなかった。
そして自分の至らなさに涙が出た。
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Dearest Luke,
お元気ですか?
今日東京では夕立がありました。
変かもしれないけど、私、夏の雨の後のアスファルトの匂いが好きなの。
あの乾いた匂い、分かる?
子供の頃、雨が大好きだった。
ママが買ってくれた赤い長靴を履いて・・・赤い傘を差して・・・
ひとりで家の前に立ってその匂いを嗅いでいたの。
赤い長靴は私にはちょっと大きかったんだけど、私に合うサイズは売り切れちゃっていたの。
ママは他の長靴にしようとしたらしいんだけど、私、絶対これじゃなきゃイヤだって・・・その赤い長靴が欲しくて店の前で傘を振り回したんだって!
信じられないでしょ?
私はその話信じていないんだけどね、うちのママ、今でもその長靴、大切に取ってあるんだ。
「捨てちゃいなよ」って私いつも言ってたんだけど。
今なら分かるんだ。
思い出はお金じゃ買えないってこと。
ママの想いも。
ごめんなさい、こんな話しちゃって。
なんか急に思い出しちゃって。
今夜は本当に綺麗な月です。
あなたにもいい月を。
Minako
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それから私は窓を開いて月を見た。
月は青く、どこか優しかった。
そして明日この月が彼に届くよう。
彼が私を思い出してくれるよう、祈った。
時の感銘
Derest Luke,
今はどちらにいらっしゃるのですか?
お仕事ですか?
バケーションですか?
毎日はどんな風に過ぎているのですか?
「時の感銘」の話、とても気になります。
私はその思い出に少しでも関わっているのでしょうか?
東京はとても暑い毎日です。
でも昨日、花火大会があって浴衣を着た女の子達とすれ違って・・・
遠くから花火の音が聞こえました。
が私は商談中で、ガラスに背を向けていたので全く見ることができませんでした。
本当に残念!
そちらも暑いですか? Minako
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朝Lukeにメールを打ち終わると笑顔で鏡を覗いて、走って家を出た。
急な坂を駆け上がり、大きな荷物を持ち、しかめ面をしながら新聞を読む。
今まではこれが私の毎日だった。
今日はガラス越しの遠くの景色と青い空を見ながら、違うことを考えている。
何気なく吊り広告を見ると、映画の広告がでていた。
チラっとCMで観た。
恋人を病気で失った男が絶望して自殺をしようとする。
それをとめたエンジェルが彼に恋をする話だ。
エンジェル役の子は確か・・・エマ・アンダーソン・・・。
観てみようかな。
えっ?今映画を観ようと思った?私?
なんてことだろう。
そんなこと、ここ何年も思ったことなかったのに・・・。
今までそういったものに目がいかなかったのだ。
私の中で何かが変わり始めている。
今まで感じたことのない何かに・・・。
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Dearest Minako,
今アフリカのケープタウンにいるんだ!
本当に暑いよ。
でもこっちの子供達は物凄く元気なんだ。
子供達には季節も何も関係ないのかな?
昨日は客先の打ち合わせまで時間があったので、サッカーをやっている子供達に混ぜてもらった。
これでもうまいんだよ。
高校までやっていたからね。
でも調子に乗りすぎて、泥だらけで打ち合わせにに行っちゃったもんで言い訳に困ってね。
「近所でドロレスを見てたら選手に間違われて参加した」って言ったら許してくれた!ははは。
いつか君にドリブルを見せてあげたい。
でもあの頃とは違うので、できればリフティングで勘弁してほしいけど。
花火か。
観られたら嬉しいけど、きっと帰る頃にはどこもやっていないだろうな。 Minako, 名前を呼んでくれてありがとう。
Luke =============================================================
アフリカ。
平原と水平線。
自然と近代化を共有する国。
昔女の子に言われたことがあったっけ。
日本にはコーラがあるの?」
あの時は笑っちゃったけどLuke。
あなたはどんな風にその国を見ているの?
私もいつかその母なる大地とひとつになるわ。
そして深呼吸して・・・太陽も緑も大地も空も。
感じてみたいの。
時の感銘
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ラングレーさん、
あなたから教えられた「時の感銘」について考えてみました。
でもさっぱり分からないんです。
それはどこかで私の過去と繋がっているのでしょうか?
不思議です。
ラングレーさんに言われるまで私は長い間自分を振り返ることがありませんでした。
過去は過去。
私は思い出を消去するような生き方を選んでしまったのかもしれません。
Minako
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親愛なるMinako.
少しずつでもいいんだ。
振り返ることは大事だよ。
今まで自分がしてきたことを受け止めるのも大事なことなんだ。
Minako.
過去を受け入れ、現実と向き合うために人は泣いたり叫んだりする生き物なんだ。
それが人間なんだよ。
Luke
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気づくと私は微笑んでいた。
いつからか私はこの彼とのメールの関係を楽しんでいた。
今までは儀式的に起動させていたパソコン。
ここ数日私は緊張しながら、ワクワクしながら椅子に座って待っている。
いつも入ってくるのは仕事のメールだけだった。
無駄な文章のないメール。
厳しい内容のメール。
私が死んだら宛先が変わるだけのメール。
でも。
世界のどこかには私のことを、私の心を一秒でも考えてくれる人がいる。
そのことが私の心を嬉しくさせた。
そして・・・広い宇宙に抱かれる胎児のように・・・私は丸まって眠った。
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時の感銘
あっ。メールの返事はどうしよう?
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Mr.Rangley,
早速お返事をありがとうございました。
先日初めてお会いしましたが、いつ日本にいらっしゃったのですか?
直接の担当ではありませんが、もしお役に立てることがあればいつでもおっしゃってください。
現場の担当者をすぐに送ります。
今後共ビジネスでご協力できるよう最善を尽くしますので、
何卒よろしくお願い申し上げます。
Minako Kousaka
追記:
失礼ながら昨日のメールのタイトル、PINK ROSEってどういう意味なのでしょうか?
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これだけ打つとOSを終了させ、電源をオフにすると頭からベッドに突っ込んだ。
翌朝起きてパソコンを立ち上げるとメールが届いていた。
「? ラングレーさんだ!」
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おはよう、Minako!
僕が日本に来たのはずっと前のこと。
今の会社に入ったのはもう3年前になるかな。
そして君は僕と出会ったのがこの間が最初だと思っているかもしれないけど、
実はそうじゃない。
もっと昔僕たちは出会っているんだ。
君が忘れてしまっていてもおかしくないほど、遠い昔だ。
Pink Roseの意味?
考えてごらん。
Luke
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時間を見ると朝4時に受け取っている。
こんな時間に何を?
この間が最初じゃない?
Pink Rose?
どういう意味だろう?
遠い昔に前に会ったことがある?
ううううう。思い出せない。
いつ?どこで?
インターネットで花言葉を調べてみた。
「時の感銘?」
ますます分からない!
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Dear. Mr.Rangley,
随分早い時間にメールをいただいたので、びっくりしました。
お仕事がお忙しいのですか?
ラングレーさんと私は本当に以前どこかでお会いしことがあるのでしょうか?
ごめんなさい、ちょっと思い出せません。
本当に私ですか?
それからPink Roseの意味が分からず、取り敢えず花言葉を当たってみました。
いろいろと解釈はあるようですが、「時の感銘」という意味でした。
きっとこれではないですよね?
ヒントを下さい。
Minako
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Dear Minako,
仕事が忙しい訳じゃないんだよ。
今日本じゃないんだ。
こっちの時間では夕方なんだ。
そうか、僕のこと思い出せないか。
今すぐはあきらめよう。
時間なんかいくらかかったっていいんだから。
Pink Rose=「時の感銘」 まさにその通りだよ!
この意味は・・・いつか教えてあげられるといいんだけど。
今はまだ内緒にしておく。
とても大事な思い出だから。
あとひとつ聞きたいことが。
いつになったらMinakoは僕のことをLukeって呼んでくれるの?
Luke
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時の感銘
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Mr.Rangley,
昨夜は御社のパーティーの席上でありながら、あなたに対して取った不愉快な態度を心からお詫び申し上げます。
何と言い訳しても許されるものではありません。
心から反省していることをお伝えしたく、メールをさせていただきました。本当に申し訳ありませんでした。
Minako Kousaka
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ルーク ラングレーか。
初めて会う人だった。
そして息を呑むほどのいい男だった。
でもなぜ私に声を掛けてきたのかしら?
所詮ひまつぶしでしょう。
きっともう会うこともないでしょうし。
残業から帰ってきた私は上着を脱ぎながらパソコンを起動させた。
ほとんど仕事でしか使っていない。家では資料作りすることがほとんどだ。
オンラインにつながる。
会社から帰宅の間に2本メールが来ていた。
急ぎの内容ではないが、慎重な私はうわべだけでは判断しない。
取り急ぎ工場の担当者と責任者に指示を送りデータの送付を要求した。
今月は精神的に楽だ。
先月のようにクオリティーと納期が同等に求められた場合は、中国の生産ラインを強引に組まなければならないので調整だけで難儀だ。
気付くと新着メールが届いていた。
タイトルは「PINK ROSE」?
ラングレーさんだ。昨日の醜態を思い出し、慌ててクリックする。
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DEAREST MINAKO,
君はやっぱり思っていたような人だったよ。
せっかくしてくれた謝罪だけど、あれは僕が仕向けたことだから本当に気にしないで欲しい。
いつかMinakoは心を開いてくれる?
そしていつか僕の心も開いてくれるかい?
Luke
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「??私の心を開いて、彼の心も開く?」
白ワインの栓を開けながら、何度かつぶやく。
「からかっているだけよ。」
私の知っている西洋人たちは周りが英語が分からないと思っているのか、昨夜どこで日本人の女の子を引っ掛けて何をしたか声高にしゃべっている。
通りすがりにお尻を触られた女子社員がいたと問題になったこともあった。
「日本は1950年代のアメリカみたいだ。触られても抵抗しないんだぜ。
こんなこと、本国でやったら裁判になるからな。」
と言って大笑いしている。
私の知っている彼らは、日本を馬鹿にして、女の子をこよなく愛して、飽きたら捨てるのだ。
きっと彼だって。
彼だって遊んでいる男のひとりだ。
女性が放って置かないだろうから。
そんな姿が目に浮かぶ。
時の感銘
なんで初対面でこんなことを?
「私はこれで」
「あーやっぱり図星なんだ」
「なにがですか?」
「せっかく英語がしゃべれるのに。あなったって人はビジネスでしか活用していないんじゃないの?
英語は言葉だよ。
人に心を伝えるために学んだんじゃないの?」
私はグラスを一気にあおった。
「余計なお世話よ。あなたに何の関係があるというの?
上に上がろうと思えば、ビジネスで英語がしゃべれなかったら日本でも通用しないのよ。
そうよ。仕事のために学んだわ。
だからなんだって言うの?
あなたは日本語でしゃべられるの?
日本に来て英語でしゃべるあなたたちは何なのよ?」
大きな一息。
やってしまった。
顧客のパーティーで。
大事なお客様に。
寝不足だったから?
プロジェクトがうまく進んでいないから?
取り返しがつかない。
「ブラボー!」
ルークが拍手している。
「ちゃんと思ったこと、言えるじゃない。」
「申し訳ありません、つい」
「違うよ、僕が煽ったんだ。君を知りたかったから」
「えっ?」
「ここが連絡先。電話でもメールでもいいから連絡して」
呆然としている私にウインクをし、私の指先を軽く取り、手の甲に触れるか触れないかのキスをして会場から出て行った。
手の中には彼の名刺が彼の香りとともに残っていた。
私は何を考えているのか分からないと言われる。
母親にもよく言われた。
ひとつだけ分かっているのは極端な負けず嫌いであること。
誰かにではなく。
逃げたりやり遂げない自分が嫌なのだ。
それだけでここまで来たと言っても過言ではない。
時の感銘
私はうんざりしていた。
仕事を部下に任せて、面子だけ立てるためのパーティー。
1時間もいれば顔も立つだろう。
大体の挨拶を終え、グラスを持ったまま笑顔で壁にもたれる。
心の中の大きいため息。
会社に戻ることを考えると、酒を飲む気にもなれない。
気がつくと残した仕事のシュミレーションのことを考えていた。
「ため息?」
目の前には背の高い青い目の男が立っていた。
私は目を丸くして思った。
「今私、ため息をついていた?」
無意識にため息を?
しないように気をつけていたのに・・・いつも・・・。
「心の」
と彼はウインクをして言った。
「僕も」
「心が大きいため息」
「なぜですか?」
咄嗟に口に出る。
彼はグラスを持ち替えて、
「会社がインターナショナルをアピールするときには必ず呼ばれるから」
「あー。なるほど。」
私は微笑んだ。
さっき社長がインターナショナルを連呼してたっけ。
「苦痛?」と彼が言った。
「えっ?」
「僕が苦痛だから、君もそうかな?と思って」
私は彼をまじまじと見つめてしまった。
「失礼ですが、あなたは一体・・・?」
「ははははは。僕の名前はルーク ラングレー」
「はじめまして ミスターラングレー」
「ルークって呼んで」
「私は高坂と申します。」
仕事用の笑顔に。握手に。そつのない応対。
「君って心を開かない人なんだね、きっと」
胸を撃ちぬかれた気分。
