今回は小島が担当します。先日、(先日といっても5月中旬のことです)新潟県長岡市に出張させていただきました。その時に撮影した写真を今回はご紹介します。平成16年10月23日に起きた中越地震のことはお話しに出る事がありますが、再建は9年立った今もなお続いています。その地域の中で今回、震度6強という強震に見舞われた山古志付近を車で通っていただける機会がありました。
山古志は、丘陵地の斜面に広がる森林と棚田、錦鯉の養殖、そして「牛の角突き」と呼ばれる闘牛などを観光資源に「日本の原風景が残る村」として再建が続いています。
金倉山展望台から撮影した棚田
棚田とは丘陵地の斜面に広がる稲作地のこと(段々畑)で山古志は知る人ぞ知る棚田の村、田植えが終わると、水田に錦鯉の稚魚を放し稲と共に大きく育てていくとのこと(世界に普及した泳ぐ宝石、錦鯉)
錦鯉の養殖用溜池としても使用している。
山古志の「牛の角突き」は闘牛の一種、歴史は古く一説には千年前とも言われています。足腰が強く寒さや粗食に耐える牛は、昔から運搬や農耕に貴重な働き手でした。飼い主との密接な関係の中で牛の闘争心を維持するために根付き、地元の人々の誇りなのです。
基本的に他地域の闘牛と異なり、明確な勝敗が付く前、もしくは膠着状況になった時点で引き離すことが原則、これは神事であり、奉納の意味があるからだそうです。
国の重要無形民俗文化財。2004年の中越地震で開催が中断されましたが、2006年には再開されています、この日は開催日ではなかったのですが幸運なことにデモンストレーションとして公開しているところでした。
次に通ったのは、中山隧道です。
新潟県旧山古志村小松倉(現長岡市)と旧広神村水沢新田(現魚沼市)にある全長875mの日本最長の手掘りのトンネル。
当時このトンネルができたことで積雪の中山峠越えを回避でき、犠牲者を出さず病院や商店に行けるようになったトンネルです。何とツルハシによる手掘りで16年かけて作ったとの事です。凄いです。
この写真は地すべりを起こした土砂と川の水によって1階部分が完全に土に埋まってしまった住居です。今も土砂の上に草が生えて残っています。
錦鯉は山古志、小千谷地域が産出した原産地とされています。地震時は80%以上が被害に遭い、日本が世界に誇る錦鯉文化が危ういと言われましたが、日本全国からの義援金や生産者家族の親子の結束が復興への強い原動力になったと聞いています。
19世紀前半の江戸時代、文化、文政の頃は食用として飼われていたようですが、ある日突然変異で色のついた鯉が現れたのが最初、それから改良が続けられ現在の美しい錦鯉になったそうです。海外から求められる事も多く、この地域を代表する産業の1つになっています。1尾3万円~100万円の鯉です。凄いです。きれいです。再建が素晴らしいです。
今回は通っていただいた場所の短時間での撮影でしたので小さく見にくい事をお許しください。お車ありがとうございました。地震大国日本は、平成23年3月11日にも東日本大震災が起き、原発事故と共にたいへんな被害となりました。地震は予知は出来てもいつ起こるかわかりませんので油断は禁物です。がんばれ日本、応援しています。自然災害には逆らえませんが、まずは植物やお花、その他自然をたいせつに利用したいものです。





