自分には価値能力がないと思ってきた。


30代に入るまでそのことにさえ

気づかないくらい当たり前だった。


必死に、必死に努力した。


毒親育ちのせいだと思ったけど

文化的背景も関係してるように思う。


気づけたのは結婚と海外移住で

固定概念が覆されたから。



母といると私は萎縮してしまう。 


普段は失敗しないことを失敗する。

怒られて、また失敗して、怒られて。


怒られたくないから何もしないで

人に任せるクセがついた。


父といると能力がない人間だと感じる。


「俺には能力がないから」ってよく

呑みの席で口にするのが滑稽だった。


そのくせ、完璧さを求められた。


ご飯を作っても感謝するより

キッチンが片付けてられないことを

注意されたり、味への批評。


能力のない人間にさえ認められない屈辱。


真実じゃないとわかっているのに

今でも尾を引いてる。



会社員時代、

一緒にいるだけで自分の能力を

引き出してくれる人に出会った。


明らかに仕事がうまく回り始めた。


その人は私がやり遂げることを

ちゃんと見守ってくれるだけ。

自分のやり方で成果を出すことを

体験させてくれた。


その時に今まで信じてきたものが

嘘だったのかもしれないって思い始めた。



私は社会に順応できない

社会不適合者タイプ。

両親に本来のペースを

許容されていなかったから

私は自分のペースが狂う相手を

周りに選ぶ傾向があった。


母や父のような。


同じことを言ってくれる方が

正しいと思ってたし

むしろ自分を理解してくれる

相手だと思ってた。

その相手の特徴は

正義を振りかざす人


彼らは“私”を見ていない。


そうゆう人に限って

優等生タイプが多いからしんどかった…



私は今でも何も変わってないのに

自由を感じれるようになったのは

夫と暮らしてから“私でいること”

怒られなくなったから。


むしろ感謝してくれる。

私の全部を許容しようと努力してくれる。

だから、一緒にいて心地がいい。


今、自分のペースを保てるのは夫だけ。


もっともっと自由になりたい。

自由のまま一緒にいられる相手を増やしたい。


やっとそんな風に思うことを

自分で許せるようになった⭐︎⭐︎⭐︎