子供 | mamicorin go go!!

子供

昨日は娘っ子の運動会。
天気予報は数日前から雨。ま、雨天順延だろうな、と思い込んでおり、残念がるお嬢さんに『雨だったらサンリオピューロランドに行こうや』となだめていた前日夜。
翌朝当日、
あれ?晴れてる~~~~?

天気予報はそれでもやっぱり午前中は雨、今晴れてても降ります、ということ。午後は上がって曇り空でキープらしい。
朝7時、連絡網が回って来る。
午前中に降る雨がさほどでなかったら午後から無理矢理開催する、とのこと。ひとまず自宅で待機、とのこと。
ありゃ、こりゃサンリオピューロランドの線は消えた。
仕方が無いので家族揃って一応運動会へ行く支度をしておき昼までひたすら待つ。
待っている間にも数回雨が通り過ぎる。やらんだろ、これは、グランドぐしゃぐしゃじゃないの?と一家で思うも中止の連絡は来ない。

ぐだぐだ~~~~。只ひたすら連絡待ち。連絡が来なければ開催なんだろうがなんだかもうやる気ゼロ。完全に運動会のモードじゃない。
電話を側に本を読んでソファで寝転んでいたら寝てしまった。結局連絡は来ず。早めのお昼ご飯を食べて12時、現地へ行ってみる事に。
先生達と運営スタッフで雑巾でグラウンドの水気を吸い取ってなんとかぐちゃぐちゃにならない状態をキープし続けていたそうだ。気の遠くなる苦労に頭が下がる。
雨は一応降っていない、無理矢理開催決定。
時々パラパラと降り出しはしたものの何とか濡れない程度をキープしたギリギリの天気の中、ハラハラしながら競技は進む。

お嬢、かけっこ、6人中4位(二人フライングでスタートされてちょっと可哀想)、
一緒にフォークダンスを踊り、
玉入れの勝利に喜び、
組体操、旗の舞いを元気に披露、成長を感じさせ
クラス対抗リレー、抜かさず抜かされず距離をキープでバトンタッチ、と
運動会を堪能。

なんとかラストの閉会式まで雨に降られず無事終了。
ホッとした。

しかし、お嬢は年長だから観ていても安心感があるのだが、年少さん達の競技なんかを観ていると
なんだかもう……人じゃなくって……動物に近い。
本能のまま動いちゃうようなのが半分以上で、観ていてどうにもグッタリする。
本当に子供が苦手な私としては、二人以上の子供の集まりは、行動を脳が処理する許容範囲を越えてしまうので
完全にパンクしてしまい笑う、もしくは泣く、もしくは踊る、もしくは狂う。
幼稚園の運動会を見る事もこれでラストだ、と思うとしみじみと感慨深い、というより
助かった。という気持ちの方がでかい。
とにかくもうできるだけ多数の幼児、乳幼児と関わらない生活になりたい一心、幼児の方もこんな考えの大人の側に居たく無いと思うし、お互いの為に距離を持った関係になりたい、と切に思う!

夕方過ぎに終了して、もうとにかくグッタリ。午前の待ちも相当イライラ状態だったのに加え、自分の臨界点を越えた幼児パワーに当てられて完全に終了モード。
こうなる事が分かっていたので前日から『夕食は作れる状態じゃないと思うのでどこかで食べて帰ろう』といっていたのだけど今のこのストレス限界点のワタシの胃の状態で外食したら多分全部吐くな、と思い
結局家に帰って急いでご飯を炊き、かき玉汁と金平を作り、ホッケを焼いて納豆、と完全和食でビールを飲み
なんとか落ち着いたんだけど夜倒れるように眠ってしまってから今日の朝は全く起き上げることが出来なかった。

私は『子供』という存在を『子供』として接することが出来ない。
でも一人の『人間』としてでなら接することが出来る。
だから『子供だから』といって酷い言動を発したり、感情的になり振り構わない行動に出る子供を全く許す事が出来ない。
それ故に躾けが出来ていない子供が大嫌いだ。
奔放に育てるのと秩序と言動をわきまえさせずにいることは全く違うのに
『子供だから』という理由で甘く見守っているつもりの親も嫌いだ。
残念ながら殆どの子供は当然『人間』でなく動物に近い『子供』だ。だからそんな苦手な『子供』が群れをなして『自由パワー』を発揮されるともうどうにも気が狂いそうになる。
そんな懐の小さいワタシ自身がまぁまだいろんなことを微笑んで受け止められる心の余裕が無い人間だ、といわれればそれまでなんですが。
でもってこういう思考の親に育てられている我がお嬢さんが一体他人の目からはどのように映るかはさておき、なんですが。

とにかく我が子の運動会の思い出よりも
沢山の子供へのインパクトと只ひたすら疲労だけが残る残念な親であります。
つくづく、幼稚園の先生とかになりたい、と思う人、スゲーーー。
いいかげんこういうイベントごとに自分の子供嫌いがイヤなほど思い知らされてウンザリもする。
小学校になればもうちょっとこういうイベントも安心して楽しめるようになるんすかね。。。
あ、一応フォローしとくけど、自分の子供は大丈夫です、勿論love。