年老いたライオン🦁が倒れ込んだ場所
最後に選んだその場所は
最も輝かしかった過去のある日 子供を産み育てた場所
子育てをした 最も心穏やかだったその場所
終わりが近づいた時 本能的に
最も穏やかだった記憶を探すと言われている
メスライオンは静かに傍に横たわり、死にゆくライオンを舐めている
そんな動画をたまたま 目にした
その瞬間 父がずっと繰り返し話していた
小さな私が 庭でビーチボールで遊ぶ時の事をいつも話していた出来事が浮かんだ
認知症になった後も 看護師さんにその出来事をよく話していたらしく
あなたがその娘さんね と言われました
ライオンの動画を見た瞬間
父と重なり
波瀾万丈だった父の人生
子供が産まれ 家を持ち 庭で遊ぶ私を眺めたその瞬間が
何気ないその瞬間が 後々一生涯 思い返される
暖かく穏やかで 幸せな時間だったのだろう
認知になった後も その穏やかだった思い出の中で生きていたのではないか
そして
私は愛されていたんだ
そう思ったら涙が溢れて溢れて
ただただ泣いた
父が認知になる前は 父が大嫌いで 暴れたりするので
精神も壊れていたり
とても関わりたくない存在でした
最近 父や母 弟に対する心の傷と向かい合い
特に母に対してだが
何故 私を見下すのだろう
お前が産んだ子なのに 可愛くないのか
いつも私を否定して 感謝や褒める事をしない
人格を否定する事がある度に
がっかりして 怒り 悲しみ
愛されたかった 信じて欲しかった 応援して欲しかった
安心して愛される場所でいて欲しかった
という思いが湧いてきて
子供の私は傷つくと 目を瞑れば 全てが無かったことになればいいのに
自分という存在を消そうとしていた
ヒカリに教えてもらったが、その私の存在を無かったことにする は今もしているらしい
母の事はまだ掘り下げられていないが
今回 ライオンの動画を目にする事により
父にとってあの日の私が 穏やかな愛の日だったんだと思えて
認知なる前に もっと自分は何かできたんじゃないか
自分の中に沢山の後悔があり ただ悲しみが湧いてくる
父が熱が出た時に 朝5時とかに泣いて電話してきて
『家に誰も居ないんだ 家族なのに誰も居ない』
その電話 SOSに私は 冷たく子供の私が悩んだ時に相談もできない親なのに
何で逆な事してくるんだと怒り 冷たく言い放ち電話を切った
その事もすごく今だに後悔している
私が私を傷つけたのだ
寄り添って欲しかった 甘えたかった
わかって欲しかった
愛して欲しかった
守って欲しかった
居場所になって欲しかった
私にはそんな家族が居ない
そんな思いで溢れていた
同じ認知になっても 『私の可愛い◯ちゃん』と娘を愛情たっぷりの言葉で迎えるお母さんが居て
羨ましくて泣いた
でも、ライオンの最後のその姿の動画で
父には愛されていた そう感じる事ができた
日々の中で 何気ない一瞬がとても幸せで心に刻まれる事がある
私もそんな日々を送りたい
もうすぐ父の一周忌
母は父の事を少しは思っているのではないかと思いたかったが
母は父の新盆でも連絡は来ず 私に元気かと電話も来ず
母の実の妹家族と暮らしている
家族って何だろうと 深掘っていた時の気づきでした。
母に対してはまだこれからだな
私は日々 傷ついたり怒ったりした時 自分を守るために
その感情を見ないで 感じないで生きてきてしまった
それは よほどだな そうしないとまともに頑張って前向きに生きては来れなかったんだと
人から言われてもそうか くらいだったけど
最近 本当にそうだったんだなとわかるようになってきた
深く傷ついてしまってきた
でも、もうそれは終わり
見ない事で守るのではなく
私の感情の声を聞いてどうしたかったか聞く
今はただひたすら その練習
後ろの陰は多分 お父さん
可愛い私💕


