4歳の時自閉症と診断が出て、4年経っていた。ブログを見返して気持ちを確認してみた。
本当に泣いたなあ
ドラマなんて薄っぺらすぎて見れなかった
恋愛ドラマ見て「いいやん、ちゃんと話せて恋愛できてんだから」と思ったり
ドラえもん見て、
「ロボットでさえ、あんな平和に暮らせるんだ」と思って
周りの歩いている子見て
「変わってくれないかな、いいなあんなに楽しそうに子供と過ごせて」
何回思った
上のお兄ちゃんの前でたくさん泣いた
お兄ちゃんは私の心配をして
困った顔して
それが続くと
上の兄ちゃんも一気に弱っていった
ダメだダメだと思いながら
それでも涙が出てきて
普通の子が欲しかったって夢にも出てきた
明日になれば
治ってくれないかな
何年後でもいい
いい薬出てくれないかな
って
本人以外の別の人になってほしいと
何回も思った
現実は
何でこんなことが理解できないのか分からなくて
本人を責めて
本人も毎日泣いた
仕事中も頭痛が続いて心療内科にも行った
この苦しいのはいつまで続くんだろう
何回か倒れた
それまでにあった沢山の、痛い言葉
思い出してもあんなに人生で傷ついたことはない
自分の事なら
自分がどうにかしてやる
ダメでも、また繰り返す。逃げるってことも出来る。
子どもの事になると何で母親は弱くなっちゃうんだろう。
学生時代はそういえば空手や剣道をして いいところまで行った
受験だって合格した。とっても楽しくてキラキラしていた
なのに何でいつから私はこんなに打たれて打たれて涙する毎日になったんだろう。
そんな時に、言葉の力の大きさを知った
この子は、緘黙症で言葉を話さなかった
人前で、特定の場所で、
ピタッと言葉が出てこなくなって
その施設の玄関を出る時
言いたかった沢山の言葉が出てきた。
暴言も他害もあったから決して、聞いて心地のいいものではないけれど、
それでも、声を聴くと
こんな声してたよな、って安心した
不思議だな家族の前だけ喋るんだなって思ったら笑えた
ずっと聞いてて
思った事を思った通り言葉に出すのって
難しいんだなって思った
それを相手にどう伝えても
角度が違えばとらえ方も違って
それを意図してるつもりなくても
傷つけたり
怒らせたりしてしまって
喋らなくなってるんだろうな
遊びたいのに
相手の顔見たら本当に怒っていたり
仲間に入れてって言いたくても
砂をかけて、結局最後はいつも一人ぼっち
「僕は何で出来ないの?」
そんな事聞きたいのは私の方だよ・・・
言いたいけど多分言ってはいけない
でも言ってしまっていたかもしれない。
「悪い事だから怒らないと」
確かに悪い事で注意するんだけど
それが「分からない子」に
私は何を怒ってるんだろうって
涙が出てきた
分からないんですよって言っても
相手も分からない
「ダメな子」なんて言いたくないんだよ
でもみんなが言ってくるんだよ
毎日毎日
怒られる
毎日毎日
ダメな人間だと言われる
それでも毎日毎日
友達に寄って行く
毎日断られたり、笑われたり
毎日毎日
指さされる
それでも今なら言える
あんたは頑張っている
その分毎日毎日伝わる言葉を伝えたい
毎日毎日怒られる10倍は褒めてあげたい
毎日毎日落ち込むたびに100倍励ましてあげたい
自分はダメだという日には、
あんたのいいところを数百倍も見つけたい
「私はあんたのいいところを誰よりも知っている」
4年経ってだいぶ慣れた
本当に毎日頭痛がして
不安障害みたいになった。
世の中の『いい子』に当てはまらない子は『悪い子』なんだろうか
私が選んだ保育園という場所で
合わない子を
私は愛せないんだろうか
忘れてほしくないのは
すでに、きっとあんたの事を愛していて
だからふと、目的もなく走るドライブで涙が出て
何日かに一回の担任からの電話にも傷つき
メンタルクリニックの先生の薬の相談したり
実の両親とも喧嘩したり
本当にはたから見たら大丈夫か?って時あるけど
それでも、あんたを連れ出すんだろう
遠くじゃなくても
スーパーとか
近くの山とか
夏は海とか
春は花見に行ったりとか
そんな簡単な事でものすごく喜んでくれるよね
思い返せば1人の時も、夫婦の時も
そんなことで
楽しいって思ったことなかったよ
あの時の自分を温かく包んであげたい
毎日毎日
逆にできているところを
気づかせてあげたい
もうちゃんと愛せていると思う。
療育を細かくやるのも効果はあるのかもしれない
そんな事では解決が出来なくても
心はちゃんとわかってる
