
――“とくべつ”は嫌いなの。
ただ あたしは、
日陰でもなく日向でもないところで
“ふつう”に生きていたいだけなんだよ。――――
みんなが帰った跡
静まり返った部屋
『あたし、キャリアウーマンじゃないもん』
酒が入ってぼんやりした意識の中で、
子どもみたいに体育座りして泣いた。
少しの沈黙の後、
ライターの乾いた音。
『セックスは好き、でも付き合うのは面倒だからイヤ。お金は好き、でも働くのは面倒だからイヤ?』
煙を逃がすために、窓を開けながら。
『ねぇ、寒い』
そういえば さっき
ふざけて冷房の温度を18度にしてたこと、忘れてた。
『お前みたいなのをホントのワガママっていうんだよ、多分』
タオルケットをあたしの肩に掛けた。
『じゃあもう、あたし居なくなるからいいもん』
そのタオルケットを頭まで被って、また少し泣いた。
『マジで居なくなるヤツってのは、何も言わないで急に居なくなるモノなんですよ』
灰皿の蓋を閉める音。
足音が遠くなる。
『やだ、行かないで』
タオルケットを剥いで、立ち上がった。
まだ、部屋は寒いままだった。
足下のペットボトルが倒れた。
直そうと下を向いたら、
また涙が溢れてきた。
『もう、どうなってもいいの』
嗚咽するあたしを背に、彼は
いつかあたしが飛び下りようとした窓から
黙って 空を見上げていた。
『デキる女』になりたかった。
たくさんのハンデを、言い訳にしたくなかった。
“弟だけは幸せにしたい”
ただそれだけで、ここまで突っ走ってきた。
総ては、プライドと意地でしかなかった。
気付いた時には、もう遅かったの。
昔は、こんなに泣くこともなかったのに。
『少し休みなさい。』
冷たい部屋の中、
ただ ひとつだけ温かい。
その腕の中で、
また泣いた。
窓の外では、雨が降っていた。
――“とくべつ”は嫌いなの。
ただ あたしは、
冷たくもなく温かくもないところで
“ふつうのしあわせ”に生きていたいだけなんだよ。――――
一頻り涙を流してから、
窓を開けて 濡れた地元の景色を眺めた。
きっと 今は、
ここに居ても大丈夫。
『エアコンかけないと、ちょっと暑いね』
設定温度は、25℃。
25℃の中で触れる 36.5℃に、
ほんの少しだけ
“しあわせ”の陰を見た。