新米ママの子育て教訓~ママ年齢は子供の年齢(とし)といっしょ~

新米ママの子育て教訓~ママ年齢は子供の年齢(とし)といっしょ~

あ~な~た~が生まれて~おかあさんっになった~♪…というわけで、ママだって生まれたときからママじゃない。立派じゃなくて当たり前!でも子供に甘えてごめんネ☆ばかりじゃNONONO!新米ママが綴る子育て奮闘日々から得た教訓ブログ。

〔登場人物紹介〕

マミ(´∀`)

マイペース・のんびり・非常識ママ。正直ユウたんは私がママで本当によくここまで無事に育ったと思う。これからも是非頑張って欲しい。(←コラ)

ユウヽ(゚◇゚ )ノ

2回の流産、不育症という病気をのりこえて、07年6月に出産した大切な娘。だからもっともっと大事に大切にされてしかるべきなのに、気がつけばマイペースママに振り回される日々。娘よ、たぶん君は相当強い女に成長するよ…(しかも自力でな!←コラ)1歳7ヶ月の時に間欠性外斜視と診断されました。お願いな~お~れえええっ(と日々怨念のような念を送り続けるマミ)

ダンナ( ゜∋゜)

マミの夫でユウの父。(←当たり前だ)マミとは別の意味でマイペース。4月から関連会社に出向になって(といってももとの会社よりも出向先のほうが規模が大きい)なんと生まれて初めての「普通のサラリーマン」生活に挑むことに。おかげで旦那だけでなく、マミとユウの生活も規則的になりました。頑張れ、旦那!なじめ、旦那!とけこめ、旦那!そして出向先に無事転籍されますようにぃぃぃ!(と日々怨念のような念を送り続けるマミ)



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私は2人の子供を、お腹の中から天国へ見送りました。

だからこんなとき、たえまなく湧き上がってくる悲しみを

消化するための方法がたぶん、ひとつしかないことを知っています。


時間だけです。


時間が過ぎていき、痛みが少しづつ和らいでいくのを。

普段通りの生活にうもれていくことを嫌がる自分を叱咤して、

普段通りの生活の中にもうあのひとはいないのに、

それでもいつもどおりに、

なんてことなかったかのように流れていこうとする時間に

心の中では七転八倒しながら、

普段通りの自分を装って生きていくしか

悲しみを癒す術はありません。


4年前の春に、胃がんを告知された父が1月15日、

亡くなりました。

63歳でした。


友達が言いました。


「誰だって後悔するんだよ。

どんなに心つくした人も、

何もしなかった人も、

皆『あの時ああしておけばよかった』って思うんだよ。」



だから後悔して当たり前なんだよ。



「マミちゃんは、なんでも自分で決める子だって

お父さん、言っていた。」


通夜の時に義理父に、告別式の時に父の友人に、

全く同じことを言われました。


「大学も、進学も、全部マミちゃんは自分で決めてきた。

あの子はそういう子なんだって、お父さん言っていたよ。」



そんなことはないよ、お父さん。


大学だって受験に失敗して落ち込む私に、

2次募集の大学で私の興味のありそうなところを

「もう一度頑張ってみたらどうだ」って教えてくれたのも

お父さんだし


最初の就職を憧れだけで選んで結局早くやめることになったのに、

今度は前からやってみたかったからと

某テーマパークのアルバイトに手を出そうとした私に、

「アルバイトならいつでもできるだろう。

せっかく4年制大学を卒業したんだから、一度きちんとしたところに

就職してみたらどうだ」と

合格通知をもらっていたIT企業の事務職に就職するように

話してくれたのもお父さんだった。



お父さん、ごめんね。



私はお父さんにたくさん迷惑をかけたよ。

お父さんの望むような、

お父さんが誇りに思うような娘ではなかったよ。


ずっとずっと甘えながら生きてきたよ。


顔だけはそっくりなのに、

中身は全然違う。


お父さんのために200人を越える人が来てくれたお通夜の日。


「昔、〇〇でお世話になりました」


お母さんと私たちにそう言って、200人以上の人が

お父さんのために足を運んでくれたんだよ。


癌のために仕事を退職して、もう2年以上たっていたのに、

損得関係なしに、200人以上の人がお父さんのために

お父さんに会いに来てくれたよ。


私はその人たちに「ありがとうございました」って

お礼を言えてとても嬉しかった。


でもお葬式を、音楽葬にしたいって、お父さんが思っていたなんて知らなかったよ。


お母さんから「TUYA」と「告別式」と書かれたCDを見せられたとき、

どんな気持ちでこのCDを編集したんだろうと、手が震えたよ。


けれども、素敵なお式だった。


来てくれた人が


「こんなこと言うの変かもしれないけれど、

こんなに胸をうたれるお通夜は初めてでした」って

おっしゃってくださって、


私もその通りだって思った。


お父さんを最後の最後でもう一度尊敬したよ。

すごいな、さすがだな、やられたなって尊敬した。



そのお通夜でお父さんのお友達が弔辞を読んでくれたとき、

「癌だと知ったとき、どうして俺がと頭の中が真っ白になった」と

お父さんの本当の気持ちを教えてくれたよ。


お父さんはいつもひょうひょうとしてて、

「一番嫌なことは、痛くて苦しいことだ」って言っていた。

だからもう効果のある抗がん剤がない、

治療方法がないからあとは痛みを緩和して

来るべき日を待つことしかできないってわかったときに、


「セカンドオピニオンは探さない。

もうあとは緩和ケアセンターに入る」


そう言ったお父さんに、

お父さんは痛いのが嫌だから、

プライドも高いし、

生きるためにあがきもがく姿を

私たちに見せたくないのか、

だから来るべき日を

静かに待つという選択肢を選んだのかと

思ったけれど、


当たり前のことだけど、


お父さんだって死ぬのは嫌だったよね。

その日がくるまで、きっと毎日、毎日、

怖かったよね。


ごめん。


ごめんね、お父さん。


なんでそんな当たり前のこと、

私は気がついてあげられなかったんだろう。



私はもっとお父さんに対して

真摯に向き合うべきだったんじゃないか。

もっとお父さんと話して、

お父さんの気持ちを考えて、

一緒に癌と戦うべきだったんじゃないかと

その時初めて思ったよ。



お父さんが亡くなってもうすぐ2ヶ月……



私の時間はまだ、しばらくは。


動き出しそうに、ありません。








「年があけたなあ」という実感のないまま2014年を迎えたマミ→(´∀`)


「新しい年の始まり」というより、「なんかだらだらと日々が続いてる」感満載です。それもこれも、たぶんクリスマスにバイトを休めずきりきり働かされたのと、今週土曜に控えている幼稚園の新年会のせい!

私は役員をやっていて、所属している部署ごとにそれぞれメインの仕事があるのですが、私の所属している部署のメインイベントがこの「新年会」なのです…(´∀`)しかも私年長さんの母だから、人にまわされる側ではなく人をまわす側。しかも会計。この私が会計!あとパソコン担当。パソコンはまあ慣れてるからいいけど、この私が100万単位のお金を管理する…だと…!?(´∀`)


正直、すごい我侭をたくさん言ってくる年配の花嫁さんの、うっかり担当になってしまったウェデングプランナーの気持ちを今最大限に満喫しています(´∀`)


ハアー


人様の宴会を取り仕切ることの大変さよ…(´∀`)


とりあえず、土曜!

私の2013年は今週の土曜まで!(あれっ勝手に2013年ひきのばしちゃったよこのひと)


私の2014年は1月12日に幕をあけます。


それまではなんとか頑張ろう…(´∀`)


年始の決意表明も12日以降にしたいと思います。


ハアー(´∀`)

今年はなんだかぼんやりしていて、大掃除も不完全燃焼。

恒例の年末大掃除記録もつけられなかった…(´∀`)


ちなみに掃除は、明日からの旅行にそなえて一応全部終わらせました。しかしほぼ旦那がやったというか旦那にやらせた感満載のような…ちょっと思い返してみよう。


(´∀`)マミ担当:棚の中の整理、お風呂の大掃除、冷蔵庫の大掃除、ユウのおもちゃ片付け、ガスコンロと換気扇の掃除、トイレ掃除

( ゜∋゜)旦那担当:南と北のベランダ掃除、全部の窓と網戸掃除、電器掃除、玄関及びポーチの掃除


あれっでもこうして書いてみるとそうでもない?(´∀`)オカシイナー

あっそうか、いつもは電器の掃除とユウを遊びに連れ出すのが担当で、ほとんど掃除してくれないからすごくやってくれたように感じるのか…(´∀`)ウーンナンダカフクザツナキモチ!でも助かったから(一応)感謝感謝。



とにもかくにも、2013年もありがとうございました。

今はちょっと心も体も疲れてヘロヘロになっているので、また年があけたら元気になって戻ってきたいと思います。


寒い日が続いておりますので、皆様からだもこころも大切にして、どうぞ良い年末をお過ごし下さい。

来年も何卒宜しくお願い申し上げます。


マミ拝