GOROさんがシークレットゲストとして出演された大阪城ホールでの「LIVE 君と歩いた青春 2019」(9/21)。
本日はその追記覚書としてのブログ更新。
 
 
この日、ステージに「矢嶋マキさん」も出演されていたことをあとから知った。


GOROさん、いろいろな人と会い共演して、思い出深い大阪になったんだろうなぁ。


と、しみじみした気持ちになった・・・(*´I`*)










※ 矢嶋マキさん(キーボーディスト)
https://www.facebook.com/macco.macco.39/posts/3116365571710152

ご主人の故・矢島賢さんは、若い頃GOROさんのツアーのバンマスをしていた。
GOROさんは矢島さんの唯一のギターのお弟子さん。
時々ギターフレーズに面影を感じた。


・・・とFacebookで感想を述べられていた。



※ 矢島 賢さん  (1950~2015)

キーボーディスト矢嶋マキさんのご主人様
ギタリスト、スタジオミュージシャンとして広くご活躍された。
GOROさん始め、長淵剛さん等、たくさんのアーティスト、編曲家から愛された人である。

GOROさんのコンサートのバックも務めていた。






矢嶋マキさんのコメントから思い出した言葉があり、探し出したのがこれだった。


 
矢島氏のDNAは野口五郎さんに受け継がれています」  by 田中清司さん
(「ニッポンの編曲家」/DU BOOKSより 引用)


ギター弾いてるといつの間にか矢島賢になってて、矢島さんみたいなフレーズ弾いている」 by GOROさん
(「ニッポンの編曲家」/DU BOOKSより 引用)



参考  https://realsound.jp/2016/03/post-6820.html





矢島さんのギターはGOROさんの中で生きているんだね(:_;)






【参考】 

『矢島 賢さんロングインタビュー』よりGOROさん関連を(引用)
Guitar magazine 2013年11月(インタビュー・文・コラム ガモウユウイチ氏)


70年中盤頃からはGOROさんのバックも担当した矢島さん。
そのきっかけは・・・

 

ある日本人とマネージャー(GOROさんの事務所の)から電話がかかってきて、六本木かなんかの中華料理屋に呼ばれ「(GOROさんの)バックをやっていただきたい」という話があった。


「えっ、巡業に出るんですか」「ちょっと待ってください」って言ったんですけど、押し切られてしまって(笑)。
彼(GOROさん)もギターが好きなので、僕のギターを気に入ってくれていたみたいで。
 
 
「針葉樹」(76年)の3年くらい前頃かなと思う。

その後、バックバンドとしては珍しく「GORO SPECIAL BAND」としてのアルバムを1枚リリースした。(1979年)

「これはね,五郎君がドラム叩きたくてしょうがなかったんですよ(笑)」 (by 矢島氏)



GOROさん側から、矢島さんとの出会いやツアー同行の話はたびたび聞くが、矢島さん側の話が聞けるのはちょっと興味深いもの。




アルバム

GORO SPECIAL BAND  (1979年) 
GOROさんが作曲と演奏のみで参加したバック・バンドによる異色のインスト中心のアルバム