昼過ぎに起きる。昨日寝ているときに、ポタポ
タ音がする。何事かと思い、みると雨漏りがし
ている。ビンを持ってきて置いて寝た。昼過ぎ
に起きて、家族に事の顛末を話す。「大工が悪
い」で話は終わり。何かをしようと言う気配が
見えない。私が屋根を見てみたが、よくわから
なかったので、自分が出来る事はここまでと、
あきらめる。私の「家」の状況の象徴として、
この出来事は非常に面白い。


その後少し出かける。なぜだかイラつく。イラ
つきを克服しなければいけない。気分の方は平
均的には悪くない。笑顔を忘れてはいけない。

僕は人を愛した事や愛された事はあったのだろ
うか?それっぽい事はあっても、すべてが違った
気がする。でも、それでは向こうが「愛していた」
のだと考えていたのなら、失礼だから迷う。
愛し方がどんどん分からなくなっていく。


出かけた先で選挙関連の人を見ることが多くな
った。冗談で母親に「もう共産党員になったから。
近所の人に話してくる」と言ったら、真顔で「やめ
てくれ恥ずかしい。もう早く出て行ってくれ。家に
は合わない。」と本気で言われる。

あんたの考えている事、全然わかんないともよく
言われてきた。私には一向につっこみがない。



世界は待ってくれない。世界は止まらない。
すべては止まらない。

ただひとり俺を除いては。

また明日でかけれるように願って。

すべての暴力受けた方に良い事がおこりますように。
愛されますように。


以下カートコバーンの追悼写真集





今日は朝早く起きた。
う~んと背伸びをして、締め切ったカーテンを開けて、外を見ただけで、ひたすら気分がいい。
夜は落ち込むので早めに眠る努力をしようと思う。
毎日更新するはずが昨日は更新できていない。反省。


そして今こそ元気をだそう。

今日は日曜日。
これを読まれた方に良い事が起こりますように。
そして暴力を受けた方、孤独な方、愛されぬ方に、今日一日
いい事がある事を願って。絶える事無く常に感謝をして。

PS:アメーバポイントが何か分からずにぽちクマっていうのをちょこちょこクリックしていたら28pになった。
これで一体何が出来るんだろう。
何でここにこんなこと書こうと思ったのかわからない。
ただ勢いで書きたくなったから書く。ただそれだけだ。


池袋にある警備会社に登録して警備バイトをやったことが
あった。まだ免許が無く、交通ルールも分からず飛び込ん
だ業界。毎日電話をかけても仕事はもらえない。一ヶ月で
3日くらいしか仕事がもらえなかったりする。登録制のバ
イトだけれど、律儀にここの会社だけにして、他にバイト
はしなかった。したらいけないのかなと、思っていた。
俺は本当に世間知らずだった。

でもさすがに人手が足りない時だけ、へらへらしながら生
きてますか~?などと言いながら電話をかけてくる担当者
が嫌だったのでやめた。自分は世間知らずで、無駄な時間
を過ごしたと思う。何も知らなかった。その後、労基法や
法律などを少しは勉強した。

ある時、歌舞伎町の風林会館まえに行かせられた。その時
も律儀に待機しろと言う命令を守って、風林会館の横の道
端で座りながら連絡が来るのを待っていた。一緒にいたの
は大学生くらいの男。「すいません、もう帰っちゃていい
んじゃないすか?」と言う。俺はこの時も律儀に「いや、
一応仕事だからさ、待ってたほうがいいんじゃないの?」
といって待っていた。

その内大学生らしきバイト仲間はそのうち勝手に帰って
しまった。一人で残った。夜の歌舞伎町。律儀に命令を
守って。紫のスーツを着た売れなそうなホストたちが、
そこら辺の通り過ぎる女をナンパしている。近くの客引
きの黒服が、路上でうずくまるように座って、時々冷め
た目でまわりを見渡す俺に「家の店で働かないか?」と
言う。

断った。


結局、その後別の現場に行った時に、同僚に教わったの
は、それは節税=脱税だよ、って事だった。実際に行わ
れていない工事を行われたかのように装う事だ。
いろいろなところで働いてみたが、脱税的な話はよく聞
いた。その程度の社会なのだろう。ずいぶん日本の社会
の底辺で生きたが、ろくなモンじゃない。文化的になん
てとても暮らせない。



浅草の浅草寺の近くの木馬亭だったかそんなのがあって
そこの女に芸人だったかに誘われた。役者だったか。ま
ぁどっちでもいい。怪しいので断った。


パニックになって、ホームレスになるかどうかの頃には、
同じ浅草のストリップ劇場があるビルの上の階にあった
カプセルホテルで働かせてくれといった事がある。そこ
で働いていた事情がありそうな男の人がこう言った
「そのうち、いい事あるよ」
結局そこでは働かなかった。


飯田橋の駅ビルの二十何階かのところに、ユースホステ
ルがある。ここは東京なのに数千円で泊まれ、なおかつ
食事も出るので、アジアや発展途上国からのビジネスマ
ンが結構泊まる穴場格安ホテルになっていた。

韓国から来たという男が名刺をくれた。もう名前を忘れ
てしまった。メール交換までしたのに、忘れてしまった
し、名刺も探さないとどこにいったのかわからない。韓
国の一番大きな出版社から日本の本の版権かなんかを買
いに来たのだという。

2000年代初頭には、韓国は確かに勢いがあった。僕が北
米を一人で歩いた時には、必ずといっていいほど、白人
のネットカフェに並んで、韓国系のネットカフェがあっ
た。東京にも早稲田に韓国系のネットカフェがあったし、
進んで日本の文化を吸収するエネルギーのようなものが
感じられた。

今、韓国にはおそらく既に、90年代終わり頃から、2000
年代初頭にかけて、恐ろしいほど日本文化を吸収した世
代がいるはずだと思われる。大衆的ではないから、目立
たないが、確実にいる。

僕がユースホステルで出あったその韓国の男の人は韓国
で統一の試験か何かで3位になった事があると言ってい
たのだから、韓国においては相当なエリートなのだろう。
やたら日本の歴史にも詳しかったが、ただ日本の年号を
やたら言いまくるその様子は、いかにも詰め込み暗記教
育っぽい印象は受けた。


同じホステルでいろんな人に出会った。そのころアート
系の傾向があって、そこそこの芸術家にも出あった。

昔知り合った人は今どうしているだろう?
昔であった人は今どうしているだろう?


男に金と荷物を取られて逃げられた時だったか、住んで
た家を追い出された時だったか、その時にはもう全部嫌
になって、歌舞伎町に行った。ヤクザと喧嘩でもしたか
ったが、結局出来なかった。時々それくらいに孤独に耐
えられなくなった。


黒服の男にあいつに声かけろと命令されて、客引きして
くる女がいる。俺がにらんだら、すっかり怯えて、「行
けない無理」だと、へらへらした黒服に泣き言を言って
いた。借金でもあったのだろうか?

青い服の女が声をかけてくる。もう60か70くらいの
女が。そいつは外国人のいい女がいるからと俺の袖を引
く。無視して歩き続けていると、その女は何を血迷った
のか大声で、おまんこ、おまんこあるよ、と連呼する。

なぜだか酷く悲しくなった。


この世は悲しく切なくまた寂しい。


下らない世界の果てで、今、俺はここにいる。


何でこんな事書こうと思ったのかわかんねー。ただいえ
る事は、こんな奴になるなって事だよ。

上手くいえねーけどもさ。そう思うんだ。


だんだん明るくなってきたかな。
もう少ししたら出かけてこよう。気分転換に。


愛情の飢餓をうったえたマザーテレサに捧ぐ。