中学生になった私


私の部屋のドアは構造上取り外しが

出来ず、天井を壊して外すという案が

なかなか消えず不安でしたが


取り敢えずドアは残りました。

なぞのかんぬきを差して

開けておくというルールは出来ましたが

兄よりはマシです


一緒に通学していた子が毎朝

ピンポンを押してくれるようになりました


時間を定めてる訳ではなく、

来たよーって感じののり。


父は人を待たせるのが嫌い

自分も待つのが嫌い


なのでピンポンを押される前に

家の外で待っていろ!


と、なり私は家の前で

雨の日も雪の日も待っていました


ある日、まだ友人が着く前に

忘れ物に気付きました


自転車通学はヘルメットをはずしたり

雨の日は雨合羽を来たり面倒です


その日、ヘルメットをかぶったまま

自分の部屋に戻りました


すると私の部屋には父が!


!!と思った時にピンポンがなりました


突然父は怒りだし

何故人を待たせるんだー!


からの、階段の上から蹴り落とされました


私はそんなに悪いことをしたのでしょうか?

今思えば父は私の部屋で何をしていたのかしら?


ヘルメットを被っていたのが幸いでした


そのまま何も無かったように学校に行き


忘れものを叱られたような気がします


蹴られたショックで良く覚えていません


そんな訳もあり、私は父に嫌われている


と思っていました


実の親ではないのだと思い込んだ時期も。


当時流行っていたファミコンも


父がプログラマーだったため


ファミコンよりPCだと譲らず


買って貰えないのも実の娘じゃないから


そう思ったほどです


母は相変わらずビンタの応酬です


やれ許可してないエヴァを観ただの


見つかり次第ビンタビンタビンタ


育児熱心かと思いきや


夕飯を作りません


いつも兄とレトルトの親子丼と中華丼

どっちにするか話していました


塾は惜しみ無く資金を投入してくれました


塾に行く前のカップ麺と

黒糖を使った紅茶が


母が出してくれるまともな食事でした


母親の料理の記憶がありません

唐揚げやコロッケが食卓に出たことがなく


一度聞いてみました


うちコロッケ出ないの?


母はコロッケって家で作るものなの?と。


ずいぶん経ってから

母とコロッケを作ってみましたが

大爆発しました(笑)父も残骸を見て苦笑


きっと料理が出来ない人だったのでしょう

高い料理教室に通ったとテキストを大事に

していましたが、出番はなく。。。


料理ダメ、掃除は?これまたダメでした


帰ると母が1日何をしていたか

手に取るように分かりました


掃除機をかけはじめたら

棚の下が気になって棚を移動

掃除機が届かないところを掃きたくて

ホウキを出してきたら

ホウキの脇にあったカリン酒が気になって

去年のカリン酒は~と台所の床下収納を開け

床下収納が汚いから雑巾かけてるところ


はあ、疲れた


という感じに床に投げ出された掃除機

動かされた棚、立て掛けられたホウキ

ホウキをしまう筈の収納が開け放され

カリン酒作りの材料が広がり

台所では床下収納が全開


実家の床下収納は流しの足元です

ええ、料理なんて出来ません


毎日こんななので家は片付かず

食事もありません


ですが、惜しみ無い資金投入の甲斐あってか

私は学年1位になりました


1位を取ると父から一万円貰えます

私はこれしか楽しみが有りませんでした

お小遣いも貰えず中間、期末テストで

稼がないと友だちとも遊べません


遊び先に母が知らないふりして

現れて監視していましたが

見えなかったことにしていました


次は大人になってからを話そうと思います


続く