2005年06月12日(日)
麻の27回目の誕生日である。今回はなぜか麻が生まれた頃のことを思い出した。西鉄下大利駅の近くに住み病院は二日市の早瀬川産婦人科だった。
一度生まれそうだと車で向かったが、時期尚早で帰って来て、二度目の入院でめでたく生まれてきてくれたのだった。
外回りで当時はポケベルも無く、決められた定時連絡を筑豊は田川の烏尾峠の近くで昼頃に入れたところ、「おめでとうございます!お生まれになりましたよ。女のお子さんらしいですよ」と当時の外回りセクションの女の子「高橋ミツエ」さんから聞かされたのだった。
それは自分がまだ24歳の頃・・・父親になったんだという実感が未だピンと来ない状況で、終業後急いで駆けつけて抱かされたけれどおっかなびっくりで、正直落としたらどうしようと恐ろしかった。
ミーの実家でミーと並んで寝ていた姿が今でも目に浮かぶ。可愛い赤ん坊だった。暫くその実家から仕事に通ったのだった。それから26年の年月が経ったが、今年は何だか特別な感情を味わった。
そろそろ何かが起きるのかもしれないな・・・ピヨ君とは上手く行ってるのだろうか・・・ピヨ君もそろそろ36歳か・・・
まぁしかし、これはあくまで本人たちの問題、自分等の口を挟む事柄ではない・・・とにかく今回は麻が生まれたての頃のことを何故だか思いだしたということだけである。
自分も自分なりにかなり真面目に名前を考えて居たが、ミーは思惑どおりに女の子が誕生し「私が生んだのだから私が命名する」と頑張って、「麻子」と命名したのだった。
いい名前だったので文句などあろう筈もなく、すくすくと大きく良い子に育ってくれた。高校の頃、頑張って購入したあのチューバにも負けずとも劣らぬ体格で、丸々だったのに、いつの間にやら女らしくなった。
少々身体が弱いのが気になるが、ピヨ君との相性はピッタリの様で何よりである。どんな形であるにせよとにかく幸せであって欲しい。ピアノを弾きノクターンを語る麻はなかなかいい。俗に言う親ばかに他ならないが、今の成長度合いにそこそこ満足している。このまま素直にもっと大人になってくれれば万々歳である。
ここまで育て上げてくれたミーに感謝である。