個人的な、勝手な想い。
(朝からどんよりしてしまったことについて。
そういうのが苦手な方はスルーしてくださいませ。
すみませんが、よろしくお願いします。)






















翔ちゃんのファンにとって
本当に大切で特別な曲。

Hip Pop Boogie


この曲は。
あのリリックを書いた櫻井翔自身が
ラップしてこそ意味がある。


櫻井翔の所信表明!

嵐として
“このメンツ”とずっとステージ上で生きる
決意と覚悟の表明!

櫻井翔としての生き方を、
道なき道を歩いて生きていくことを
高らかに宣言した曲なのだ。







翔ちゃんが カバーすることを了承しているのかもしれない。
後輩くんが翔ちゃんに敬意を示してくれてるのも聞いている。



でも。それでもやっぱり
嬉しいなどとは思えない。

カバーに意味があるとは思えない。
他の曲とは違う!








翔ちゃんが26歳の時に書いたリリックを、
後輩くんが26歳で歌うことに意味を見出だしている彼のファン。

絶対に翔ちゃんを越えることはないという自信があるから 喜んであげられる…と言う翔ちゃんのファン。

櫻井翔の特別なソロ曲だからこそ、みんなに知ってもらえることが嬉しいと言う翔ちゃんのファン。

後輩にリスペクトされて歌いたいと思ってもらえることは誇らしいことでしょ?と言う翔ちゃんのファン。



どれも、一応理解はできる。
でも、そういう問題ではない…という気持ちはどうしても消えない。


特に、26歳云々。
同じ歳だから何?
当時の翔ちゃんとは、グループや個人の立ち位置も、環境も、想いも、覚悟の深さも全然違うんじゃないのかな?


彼のことを全く知らないから なんとも言い難いことではあるけれど、歌う理由をファンが無理やりこじつけて 盛り上がるのはどうかと思ってしまう。




私達にとっては本当に大切な曲なんだよ。
櫻井翔だけにしか表現できない世界なんだよ。
櫻井翔だからこそ成立する曲なんだよ。



本当に敬意を持ってくれているのなら、あの曲を大切に大切に思っているファンがいることもわかってほしい。
歌うなら、自身が書いた曲を歌えばいい。
ラップとは本来そういうものなのでは?



『Hip Pop Boogie』を知ってもらう機会があることは嬉しい。でも。

それなら、カバーではなく、
櫻井翔の『Hip Pop Boogie』をリスペクトしていることを紹介してくれるだけでいい。
その上で、自身のことをを書いて歌えばいいのではないのかな。





どんなにリスペクトしてくれていようが、どんなにカッコよく歌おうが、申し訳ないけど関係ないの。
道なき道」を歩いてきた櫻井翔が歌ってこそ、あのリリックに魂が宿り、私達の心を揺さぶり刺さるんだよ。
櫻井翔そのもの…なんだよ、あの曲は。




櫻井翔の紡いだ渾身の言の葉を
“ただの言葉(歌詞)”にしてほしくない!


My life is my message

こう言い切れる人。
そしてその通り歩んできた人。
それが櫻井翔なの。













どんなにここで叫んでも、決まっていることならどうしようもないのだろう。
ならばせめて。
できることなら…後輩くんのファンにも、翔ちゃんと あの素晴らしい楽曲への敬意ある反応をしてもらえたら…と 切に願う。