「ユア・ヒットパレード」はネット上で、全放送期間中の毎週のベストテン(ベスト20だったかも)の曲名を知ることができる。「エデンの東」が1年間1位をつづけ、3年間10位以内にランクインしつづけたという伝説も「ユア・ヒットパレード」だったのではなかったか? 「9500万人の・・・」の当時は、日本の人口が9500万人だったのだろう。「S盤」というのは何の略称だったのだろう?
4つ、深夜ではないが、「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」という夜10時ころから始まる30分番組や、土曜か日曜の午前中に「キューピー・バックグラウンド・ミュージック」なんて番組もあった。今でもやっているのだろうか。パーシー・フェイス、フランク・チャックスフィールド、ビリー・ボーンなどがよくかかった番組である。
5つ、そういえば FM 東京の「ジェット・ストリーム」もよく聞いた。城達也の時代である。エンディングの「ミスター・ロンリー」を聞いてからラジオを消して眠りにつく夜も少なくなかった。小野田英一にかわってからもしばらく聞いていたが、大沢たかお、福山雅治になってからは、城達也の頃とは DJ の喋りもかかる曲もあまりにもイメージがそれまでとは変わってしまったので、ここ十年はほとんど聞くことがなくなってしまった。
哲也の勤める学校は、神田にある赤煉瓦の校門の法律学校となっているが、モデルはどの学校だろうか。当時神田にあった法律学校といえば、明治か英吉利法律学校(中央大学)か日本か専修かのどれかだが、専修、日本は夜学だったから明治か中央だろう。A I で「明治時代の神田にあった法律学校で、赤煉瓦の門があったのはどの法律学校ですか?」と質問すると、当時の中央が赤煉瓦の校舎だったという返答はあったが、赤煉瓦の門があったかは不明だった。現在の姿になる前の中央大学の校舎は中庭の周囲を3~4階建ての「ロ」の字型校舎で囲まれたイギリスのカレッジ風の建物だった。当時の建物が赤煉瓦だったら、アーチ形の入口玄関のことを「赤煉瓦の門」と書いてもおかしくはないだろう。
「ルルージュ事件」は世界最初の長編ミステリー小説だそうで(Emile Gaboriau,“L' Affaire Lerouge”,1866)、著者のガボリオは「名探偵ルコック」の生みの親である。ぼくが中学生だった1962、3年頃、確か NHK の夕方のラジオ番組で「名探偵ルコック」を放送していた。ぼくはこの番組で「名探偵ルコック」の作者ガボリオの名前を知った。
ネットで調べると、1946年 5月に NHK ラジオで放送された「ルコック探偵」というのは出てくるが、1962、3年ころのラジオ番組は見つからない。しかし、中学生だったぼくが「名探偵ルコック」というラジオ番組を聞いたことは間違いない。内容はほとんど覚えていないが、なぜか監獄に入れられた探偵が看守から与えられたパンの中に暗号を隠して外部と連絡する場面が印象に残っている。ひょっとしたら別の番組だったかもしれないが。