例えばここに書いたように、高価な靴を購入した方が長い目で見ると経済的であるかのようなセールストークを目にすることがありますが、こういった話は高価な靴の方が寿命が長いことを前提としているはずです。

 

 確かに、なんとなく高い靴の方が頑丈で壊れにくいように思えます。実際、「私は同じ革靴を10年以上履いている」という方は、高級な靴を履いてらっしゃったりしますし。

 

 ただ、何が何でも修理してやるぞという意欲さえあれば、そこそこ安い靴だって本当はものすごーく長く使えると思うんですよね。ほとんどの人がそれをしないのは、安い靴に高い修理費をかけるのが馬鹿らしいと感じてしまうからであって、技術的には可能なんじゃないかなと。

 

 そう考えてみると、靴の寿命って、その靴の値段を使って表現できそうな気がして、ちょっと手を動かしてみました。
 
モデル1(完全回復モデル)
 まずは出発点として、簡単で理想的な計算条件を考えてみます。
 
 便宜上、どんな値段の靴でも壊れやすさは全く同じで、例えば3日に1回程度の一定の頻度で履き続けたときに、3年間履いたら靴底に穴が開くとします。そして、オールソール交換によって靴は新品と同じ状態まで回復するし、オールソール交換は何回でもできると考えてみます。オールソール交換の料金は1万5千円としましょうか。
 
 このとき、例えば1万円の靴の寿命は3年です。3年履いて靴底に穴が空いたとき、1万5千円かけてオールソール交換するよりも、同じ靴を新品で買う方が経済的だからです。
 
 そして、2万円の靴の寿命は無限です。3年履いて靴底に穴が空いたとき、同じ靴を新品で買うよりも、1万5千円でオールソール交換をした方が経済的だし、同じことを何回でも実施できるからです。
 
 靴の寿命のグラフはこんな感じになります。
 横軸は靴の値段(円)、縦軸は靴の寿命(年)です。1万5000円以上の靴は寿命が無限なので描けません。ちなみにこのグラフでは一番安い革底の靴は1万円だとしてみました。
 
モデル2(定価減耗モデル)
 モデル1よりも少しだけ現実に近い複雑な状態を考えてみます。
 
 底に穴が空くほど履いたら、アッパーには深く履きジワが入り、場合によってはキズがつくリスクも負いますから、アッパーの価値も減耗すると考えます。ごく簡単に3年ごとに1万円分の減耗が発生すると考えて、これを定価減耗モデルとでも呼びましょう。
 
 このとき、1万円の靴の寿命はやはり3年です。そして、2万円の靴の寿命も3年となります。3年履いて靴底に穴が空いたとき、もはやその靴のアッパーには1万円の価値しか残っていないので、消費者は1万5千円かけてオールソール交換するよりも、新品の靴を買うことを選択する、と考えます。
 
 3万円の靴は寿命が6年となります。3年履いた時点では2万円の価値が残っており1万5千円かけてオールソール交換する価値がありますが、さらに3年履いたときには1万円の価値しか残っていないからです。
 
 靴の寿命グラフはこんな感じになります。
 靴の値段が2万5千円を超えると寿命が3年延び、そこから値段が1万円増すごとに寿命は3年ずつ延びていきます。
 
 減耗を表現するためにもっと複雑な計算条件を考えることで、より現実に近い状況が表現できるはずです。中古靴のリセールバリューを考えてみると、最初の3年で大きく減耗して、その後はゆるやかに減耗する、というモデルを考えると良さそうな気がします。
 
 とはいえ、アッパーだって補修できるわけですし、靴底はハーフソールを貼れば延命できますし、そもそも合成底だったらどうなのかという話だってありますし、現実の状況は極めて複雑です。
 
 ともあれ、壊れやすさが変わらないとしても高い靴の方が寿命が長いという考え方は、定価減耗モデルで一応記述できましたね。
 
 ちなみに、上の定価減耗モデルを前提に、同じ靴を15年間履き続けたときにかかるコストを計算したら、こんな感じになりました。
 横軸は靴の値段、縦軸はその靴を修理するか買い替えるかしながら15年間履いたときにかかるコストです。
 
 2万円以下の領域だと、安い靴ほど安く済むという、いかにもな結果。修理をせずに毎回履き潰す想定なので、まあ、そりゃそうです。
 
 一方、2万円~10万円の領域だと、高い靴を履いた方が安く済むとまでは言えないけど、トータルの費用はそこまで大きく変わらなそうに見えますね…。超いい加減な計算なので、コレを見て「じゃあせっかくだから高い靴を買っちゃおう」とか思っちゃダメなんですけど、そう思っちゃいそうな自分を感じる…。なんだろう、そういう思考から自分を遠ざけるために手を動かしたはずなのに、逆効果だぞこれは…。どうせだからもうちょっと複雑な計算までやっておくべきだったかな。
 
 あ、あと、1~10万円の靴、1万5千円という修理費用、15年という期間、3年間あたり1万円の減耗、という諸条件が相まってこう見えているのであって、同じ理屈が30万円のビスポーク靴にも妥当するかというと全くそんなことはないので、気を付けたいところです。まあそりゃそうですよね30万円の靴を履く費用が17万円に収まるわけないもん。