初めてブログというものを書くので些か緊張しております。
昨年の11月18日、私の人生で一番悲しい日が突然やってきました。
あれは早朝4時半頃だったと思います。
私は母の悲鳴にも似た声で起こされました。
「〇〇(息子の名前)が死んでる!」と。
夢こそは見ていなかったものの、さっきまで眠っていた私は一体何の事だか理解するのに時間を要しました。
しかし母の様子はただ事ではありません。
心臓が早鐘を打ち始め、母の後をよろよろと付いて行くのが精一杯でした。
息子の姿を見た瞬間、私は彼の名を叫び「いやーーっ!」と泣きすがりました。
眠っているように瞼は閉じているに、舌だけが不自然に出ているのです。
11月2日、やっと15歳になったばかりの息子は、その16日後に自ら命を絶ったのです。
私は息子の体中を触りました。
どこもかしこも人の体温らしきものはなく、その現実を受け入れる余裕なんてないはずなのに救急車と警察に連絡をしている私。
先に駆けつけたのは救急隊員でした。
私は彼らに泣きながら「お願いだからあの子をおろしてあげて下さい」と懇願しましたが、警察が来るまでは我々は触れないんです…と。
つまりは死亡確認がとれたということ。
警察が来ました。
私はリビングへ、母は別室へ連れて行かれ昨日の様子や、ここ最近の彼の様子などを聞かれました。
その間もまだ息子の遺体は写真を撮られたり、何をされているのか見えませんでしたが“そのまま”の状態でした。
「早くあの子をおろして下さい…早く楽にさせてあげて下さい…」絞り出すように声を出してお願いしました。
どれくらいしてからでしょうか?
警察官3人がかりで、身長184cmの息子の体がやっと横にしてもらえたことが音でわかりました。
私の住んでいるところは田舎です。
ましてや早朝のこと、警察車両もただのパトカーではありません。
担架に乗せられた銀色の納体袋が我が家から運び出される時には近所の方が複数名集まっていました。
その中には息子の親友のご両親たちの姿も…
「すみません…〇〇が首を吊って死んでました……」
私の言葉と同時に皆が声をあげて泣き崩れました。