狭き門から入れ

狭き門から入れ

はじめまして。スペイン在住のクリスチャンです。
聖書にある救いとは?罪の赦しとは?
日めくりカレンダー「La buena semilla(良い種)」や、礼拝メッセージなどから抜粋して福音メッセージを載せています。

「そのとき、イエスはこう言われた。

『天地の主であられる父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを、知恵ある者や賢い者には隠して、幼子たちに現してくださいました。』」
(マタイの福音書 11:25)

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 箴言の書の終わりの方に、アグルによって書かれた章があります。それは驚くべき言葉で始まります。

「確かに私はだれよりも愚かで、人間の悟りを持っていない。私は知恵を学ばず、いと高き方の知識も持っていない。」
(箴言 30:2-3)

 アグルは神の偉大さを深く知っており、自分には神を理解する力がまったくないことを認めています。これこそが、神に従った真の知恵と理解への第一歩です。ソロモンもこう言っています。

「あなたが知恵を呼び求め、悟りを得ようと声を上げ、銀のようにそれを求め、宝のようにそれを探し求めるなら、そのとき、あなたは主を恐れることを悟り、神の知識を見いだす。主が知恵を与え、御口から知識と悟りが出るからだ。」
(箴言 2:3-6)

アグルは高ぶらず、自分を頼みにせず、こう祈ります。

「私に貧しさも富も与えず、ただ私に定められた分の食物で養ってください。飽き足りてあなたを否み、『主とはだれだ』と言うことのないように。また、貧しくて盗みをし、私の神の名を汚すことのないように。」(箴言 30:8-9)

これは、彼が神を恐れ、神の御名を汚したくないと願っていることを示しています。

「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。」
(箴言 9:10)

イエスもまた、神に関するこれらのことを、知恵ある者や賢い者には隠し、幼子たちに示されることを認めておられます。これは、私たちが考えることをやめるべきだという意味ではありません。そうではなく、神は、小さな子どもが親を信頼するように、私たちが心から神を信頼することを望んでおられるのです。なぜなら、神は私たち自身よりも私たちのことをよく知っておられるからです。

(La buena semilla より)

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