「あなたがたは、いつまで二つのものの間で迷っているのですか。もし主が神であるなら、それに従いなさい。」
(列王記 第一 18:21)
「あなたがたが仕える者を、きょう選ぶがよい。」(ヨシュア記 24:15)
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小学生の頃、大人になったら何になりたいかと聞かれたら、私は迷わず「先生」と答えたでしょう。その選択は明確でした。なぜなら、私の担任の先生が世界で一番尊敬する大人だったからです。
人生において、私たちは選択をしなければなりません。職業、結婚相手、住まいなどを選びます。そして選択を誤ると、深刻な結果を招くことがあります。しかし、神が私たちの前に置かれている選択には、失敗の許されないものがあります。
「私は、いのちと死、祝福と呪いをあなたの前に置いた。あなたとあなたの子孫がいきるために、いのちを選びなさい。あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主につき従いなさい。」
(申命記 30:19-20)
神が恵み深い方だからといって、私たちが神に立ち返り、愛をもって語られる神の声に耳を傾ける責任から免れるわけではありません。私たちが、神の御声を聞くなら、御言葉は私たちの心と良心を導いてくれます。そして、神に従う力を与えてくれます。
アテネの人々への説教において(使徒 17:30-31)、使徒パウロは、福音とは単なる選択肢ではなく、従うべき命令であると述べています。なぜなら神は、私たちを罪の裁き、永遠の地獄から救いたいと望んでおられるからです。
パウロは、こう言っています。
「しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。」(ローマ 10:16)
ペテロは、こう語りました。
「さばきが神の家から始まる時が来ているからです。それが、まず私たち神から始まるとすれば、神の福音に従わない者たちの結末はどうなるのでしょうか。」
(ペテロ 第一 4:17)
そしてヨハネはこう宣言しています。
「御子を信じる者は永遠のいのちを持っているが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがない。」(ヨハネ 3:36)
主イエスを信じるということは、主に従うことでもあるのです。
(La buena semilla より)