狭き門から入れ

狭き門から入れ

はじめまして。スペイン在住クリスチャンのママトです。
聖書にある救いとは?罪の赦しとは?
日めくりカレンダー「La buena semilla(良い種)」や、礼拝メッセージなどから抜粋して福音メッセージを載せています。

「しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」(ローマ人への手紙 5:8)


は彼らに言われた)「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」
(マルコによる福音書 16:15)
***

 ブラジルのジャングルで、ある小さな部族に福音が伝えられた時のことです。その部族のリーダーはこう語りました。
「私たちはこれまで、創造主は私たちに深く失望し、私たちから逃げ出し、私たちを見捨てたのだとずっと信じていました。しかし今、そうではないことが分かりました。それどころか、神は私たちのところへと来られ、ご自身のもとへと迎える道を切り開いてくださったのです。」

 この部族の首長は、福音が宣言していること、そして多くの人々が知らずにいるか、信じようとしない真理を理解したのです。それは、「イエスは私たちを救うために人間になられた。」ということです。

 もしそうでなければ、私たちは誰もが罪人ですから、神はずっと昔に私たちを拒絶し、裁きを下していたはずです。しかし、聖書はこう宣言しています。

「私たちの救い主なる神の慈しみと、人に対する愛が現れたとき、神は、私たちが自ら行った正しい行いによってではなく、ご自身の憐れみによって、私たちを救ってくださいました」
(テトスへの手紙 3:4-5)

 ​神は、ご自身の御子であるイエスを遣わすほどに、私たちを本当に愛してくださいました。イエスが私たちと同じ人間となり、私たちのために死んでくださるためです。
 
 ​人間の愛とは比べものにならないこの神の愛によって、私たちはイエスを通して神に近づくことができるようになります。この愛は十字架において証明されました。イエスは十字架につけられ、私たち罪人が受けるべき裁きを代わりに受けるために、私たちの身代わりとなって苦しみ、死ぬことを受け入れてくださったのです。

 これは人間の理性では理解しがたいことですが、信じる人々はこれを信仰によって受け入れます。この信仰は、人々に心の平安と喜び、そして生きるための最高の理由を与えてくれます。神は罪人を愛し、ご自身のもとへと招いておられます。しかし同時に、神は聖なる神であられるため、罪を罰しないままにされることは決してなく、罪の赦しを受けずに死んだ者は、死後、永遠の地獄で、罰を受けなければならないのです。

(La buena semilla より)

聖書にある救いについて、もっと詳しく知りたい方、クリスチャンの信仰や生活についての質問など、何でもお気軽にご相談下さい。メールアドレスは、こちらです。semakimon99@aol.com