狭き門から入れ

狭き門から入れ

はじめまして。スペイン在住クリスチャンのママトです。
聖書にある救いとは?罪の赦しとは?
日めくりカレンダー「La buena semilla(良い種)」や、礼拝メッセージなどから抜粋して福音メッセージを載せています。

 閉まった扉と、その扉のものではない鍵を想像してみてください。どんなに頑張っても、その鍵で扉を開くことはできません。必死になって試したところで、正しい鍵でなければ、役に立たないのです。神への道もそれと同じです。


 多くの人が「私には自分の宗教がある」と言います。しかし、神に近づき、その救いを受け取るためには、私たちが望む鍵ではなく、神が指定される鍵を使わなければなりません。私たちの方法ではなく、神の方法なのです。

イエキリストはこう言われました。


「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」(ヨハネによる福音書 14章6節)

​また、使徒パウロも次のように書いています。

「神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストは、すべての人の贖い(あがない)の代価として、ご自身を与えてくださいました。…」
(テモテへの手紙一 2章5-6節)
天国へ入るための鍵を定めるのは神ご自身なのです。

(M.G姉のデボーションより)

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