~おさしづは宝~
※( )は父が研究し解釈したものです。
明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午後四時
刻限御話
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さあ/\刻限、さあ/\騒がし。刻限一寸なりと言うて置く。
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さあ/\刻限、さあ/\騒がし。
(さあ/\
刻限一寸なりと言うて置く。
(その日が来る前に、
どうでもこんな事なら、もうちいと早く思案、
(どうでも成って来るこんな事なら、
今はどうで、明日はあなた道の思案、不思議な道である。
(
今一寸話して置く。
(何事も知らなかったで許される道ではないから、
...
☆おさしづを読ませて頂いて☆
「知らず知らずの道、分からず分からずの道、みすみすの道ある。これ三つ出掛けたらどうもならん。・・・」とお言葉がありますが、これは本当に自分の事として重く受け止めなければならないと思います。親神様にお連れ通り頂いているつもりでも、うっかり人間心を働かせ、気付かぬまま自分勝手な道を歩んではいないでしょうか。親神様の手綱を離せば、山坂を転げ落ちなければならないような事になってしまいます。
おさしづ、おふでさきをしっかり胸に納め、従って通らせて頂く事が我が身も世界もたすかる道に繋がって行くのです。