特にネタもないので、ブックレビューいきたいと思いますー。

今週は親子で溶連菌に感染して寝込んでいたので、読書も捗りましたよ。。。

 

 

 

↓ミモレで知った一冊。

 

NHKの大河ドラマ「光る君へ」にハマって以来、何となく時代小説が目に留まるようになりまして。我ながらミーハーですけども。

「違和感をときほぐす現代人のための源氏物語」と帯にあるように、現代日本で問題となっているようなコトを源氏物語に照らし合わせて、わかりやすく解説した本、です。

例えば、「ルッキズム=末摘花」は、顔を見ぬまま光源氏が関係を持った姫は、朝顔を見たらすげーブスだった、という有名なエピソードですし。

「ロリコン=紫の上」は、現代でいうならまだ小学生の美少女を拉致って自分好みに育てて、最終的にはやっちゃう、というガチ犯罪なエピソードですし。

「ホモソーシャル=雨夜の品定め」は、雨の日にヒマした男子四人組が、あの子はカワエエだのこの子は自分が口説いただのと下世話なハナシを延々と話してるエピソードですし。

今と変わらないカスでゲスいエピソードも満載な源氏物語を通して、現代社会のモヤモヤと向き合う、という内容となっております。

2023年のドゥマゴ文学賞受賞とありますが、うーーーん、ぶっちゃけそこまで濃い内容じゃなかったかなーーー、というのがあくまで個人的な感想です。

現代語訳でも源氏物語を読んだことがあったら感じる違和感を取り上げているのは確かですが、千年前の、しかもフィクションのコトを挙げ連ねてもなーーー、といいますか。

そういうモノとして雅な世界観に浸りたい人が読むのが源氏物語の楽しみ方、のような気がしなくもないので。

ワタクシは学生のときに田辺聖子版と瀬戸内寂聴版の源氏物語を読んだことがありますが、近々角田光代版も読んでみようかなぁ、と思っております。

 

 

↓うって変わって江戸時代。

 

「江戸の両国橋近くに住むおゆうは、老舗の薬種問屋から殺された息子の汚名をそそいでほしいと依頼を受け、同心の伝三郎とともに調査に乗り出す…が彼女の正体はアラサー元OL・関口優佳。家の扉をくぐって江戸と現代で二重生活を送っていたのだ。優佳は現代科学を駆使し謎を解いていくが、いかにして江戸の人間に真実を伝えるのか…。ふたつの時代を行き来しながら事件の真相に迫る!」

という公式の内容説明を引用するのが手っ取り早いですが、タイムスリップ×江戸時代謎解き小説、です。

現代の科学捜査はおいといても、水戸黄門のような安心安定の勧善懲悪モノとして楽しめます。

粋で美人の十手持ち(でも中身は現代人)のおゆうと、男っぷりがよくて頭も切れる八丁堀の同心の伝三郎、コワモテだけど人がいい岡っ引きや下っぴき、現代の科学調査員の宇田川など、レギュラーメンバーで江戸の怪事件を解決していきます。

おゆうと伝三郎の、進みそうで進まない関係もまたヨシ。恋愛要素薄めなのがいいんです。

基本ラノベなので、ツルツルとすぐ読めるのもストレスなし。

ただただ楽しいエンタメ本としてオススメでございます。

今のところシリーズで10冊出てますが、全て読破いたしました。まだ続いてますので、次巻が楽しみです!

 

 

↓もうタイトルのネーミングが上手すぎる。

 

ここ数年、ワタクシのまわりでは離婚や別居が多数発生しております。そういうお年頃なのかしら。

この筆者の友人(♂年収3千万)が、その妻(専業主婦)が浮気をしたので離婚を切り出した。

浮気を認め、いったんは離婚を承諾した妻が離婚調停中に離婚しないと言い張り、2年間の離婚闘争をするも、闘争中に毎月37万もの生活費を家裁から言い渡され、結局和解金として3000万を支払ってやっと離婚できた、という実際のエピソードから始まります。

えええ?!非は元妻にあるのに、なにゆえ?!

という、この離婚係争は決して特殊なケースではなく、日本の司法慣習に完全に則っているので、誰もが陥る可能性がある、んだそうです。という事実にまずクリビツー。

この本は結婚を一つの金融商品として分析しているので、愛とか恋とかが入るスキマはありません。それだけになんつーか、こう寒々しさはあるんですが、今の日本は3組に1組が離婚する時代ですからねぇ。死が二人を分かつまで結婚が続くとは限りません。いやむしろ幸せな結婚など幻想なのかも。

もし離婚を考えている方がいらっしゃいましたら、読んでみてはいかがでしょうか。

それで離婚をする気になるか、思いとどまるかはアナタ次第です(苦笑)。

 

 

↓最後に現実に帰る。。。

 

上の「損する結婚儲かる離婚」の著者の本です。

育児や教育に正解はない、と頭ではわかっちゃいるんですよ。わかっちゃいるけど、高校受験という険しい山を登っていると、答え合わせをしたくなる・・・ワタクシもウツワがちっちぇーな。

たかが学歴されど学歴。

この本は学歴社会という全体のハナシ、あくまでマクロでのコスパという考えなので、個人個人の子供のハナシ=ミクロではけっしてありません。

むしろミクロでは、お金に換算できない精神的なアレコレ(うちの子こんな学校に通わせているのよというドヤ感や、満足感、安心感など)や、子供自身が楽しく学校に通えている、というコトのほうが大事だと思うので、全てをコスパという観点から見るのはちょっと違うとも思いますし。

ただぶっちゃけちゃうと、ワタクシ自身は区立の小中学校から都立高校→現役で2.5流私立大学(しかも指定校推薦なので塾にも行かず)、夫にいたっては公立の小中学校から県立高校→現役で国立大学、という日本で一番コスパのよいとされる学歴を経ているので、公立育ちとしてなんの不満もなく、というかワタクシの時代はそれがフツーでしたし、学歴コンプレックスを特に感じることもなかったので、令和時代の私立中高という選択肢についてよくわかっていないんですよね。。。

我が家は地元の区立中学に通いたい、という娘の強い希望を尊重して中学受験はしなかったのですが、はたしてそれがよかったのかどうか(同級生は7-8割は中学受験する地域)。

教育方針がないというのが我が家の方針、なんて無頼ぶってみても、いざ現実に受験を目の当たりにするとやっぱりモヤるといいますか、ザワつく気持ちはあるわけで。

人生において学歴など意味はない、というのも頭でわかっちゃいるんですよ。わかっちゃいるけど、学歴が人生をラクに生きられる要因の一つになるなら、あって邪魔になるものでもなし、という気持ちもある。。。とはいえ、昭和の価値観を娘に押し付けたくないし、娘には自分の生きる道は全て自分で選択してほしいと心から思っております。

結局親は、娘の気持ちを一番に優先して、応援する(=金を出す)ことしかできないんだよなぁ。。。