ここ一月の間、私はパチンコ屋に通うようになりました。

 戦績を見ると、どうもぱっとしない。マイナスではないのですが、大してプラスでもない。

 それも含めてなのですが、パチンコ屋もずいぶんと変わったもんだという感慨がありました。

 何が一番変わったと思うかというと、出玉量です。

 私がこの3月の連休で行ったお店は、「都内最大フロア」と謳っている某A店です。まず、人が少ない。昔行っていた頃は、平日でも8割、下手すると満員御礼のお店だったのが、この連休で多分6~7割だったように
思います。そのせいもあり、当たり前ですが、店全体の
出玉量(別置きも含めて)が少ない

 現行機種は一度の出玉量が少ないのもあり、連チャンしなければどうにもならないのに、人が少ないせいで店も止めるので、結果的に私の出玉量も少ない。ひいては私の戦績もふるわなかったわけです。

 これじゃゲームセンターだなという感慨で、今、心がいっぱいです。確かに大負けもしないのかもしれないが、けれども、大勝ちもがないのも寂しいものです。

 

 さて、感慨は置いといて、私の戦績内容について書いてみようと思います。

 20日は、貧しい身としては当然のごとく、甘デジに行きました。南国育ちを打ってみたのですが、ん~出るには出たが飲み込まれ、半箱で辞めての3000円勝ち。(寂しい金額です;)

 ところで、この南国育ちは、ちょっと危険だと思いました。何故かというと、2R潜伏があるのはいいのですが、電チューが開かないわけなので、仮にお店がぶちっと止める(大当たりさせないスイッチのようなもの)と悲惨極まりない。普通のCRも同じようなことはありますが、この甘デジ南国育ちでは、2R通常とか小当たりとか何かを引いて潜伏が消えることがなく、次回当たるまで永遠に高確率状態になってしまう。これは本当に辞めるに辞められないし、さすがに辛いと思われます。(ちなみに、南国はあまり知らないので、間違っていたらごめんなさい) お店もそれを知っているのは当然だろうから、わざわざ2Rランプ点けて打たせ続けることも可能なわけで、たかが甘デジでMAXタイプのCR並みのことをされたら、手も足も出ません。でも、南国のジョディ(名前違ったかな)が好きなので、多分、また打ちますけれども。


 21日は、一言でいえば、死闘でした。やはり貧しい私は、最初に甘デジへ行きましたが、はじめの台で2箱取り替えてから、他に何も出ない。致し方ないので、スロットの新エヴァに座るも、黄色一回。ジョー打っても、ラッシュにいかず。こりゃやべえな、と思いつつ、夜座った台でまあ取り返せたのですが、ん~、某A店、もうちょっとお客を楽しませる努力をしてほしいなと思いました;

 なので、22日は行きませんでした。家で寝てました。


 この連休は、本当に色々な台を打ちましたが、その中でスロットの新エヴァについて一言、最後に言いたいことがあります。あの台、どこの店行っても若い子は出てません。まあ、回収台なのは分かるんだけれども、もうちょっと客層考えてほしいなと思うこの頃です。ジジババに出すな、と言っているのではないのです。ただ、あまりにも若い子が出てなさ過ぎで、傍目から見て、少し異様に見えるんですね。これもなんか悲しいじゃないですか。


 ふと思えば、不平不満な記事になってしまいました。家族には、「結局あんたは負けてないのだから、何をそんなに憤っているのだ」と言われましたし、次回は良いお話、景気のいい話などできたらいいなと思います。





1 ああ、パチンコがあるじゃないか


 ここ最近、私は非常にお金に困っています。訳ありで、職に就くことができず(バイトなども不可能に近い)、さていかがしたものか、とつらつら考えていますと、「ああ、パチンコで稼ぐか」と思いつきました。昔とった杵柄ではありませんが、本当にまだ若い時分、私はそれで食っていたことがあったからです。

とはいえ、当時、私はいわゆるパチプロだったわけではありません。なんとなく普通の一般人がなんとなく稼げてしまっていた、というだけの話なので、今現在同じ事が可能なのか定かではなく、実はかなり不安です。けれども、残念ながら他に妙案はなし、今すぐにでもお金を稼ぐにはこれしかないという悲しい現実でございます。

仮に、私に、他の何か、もっと確実的なスキルや才能があれば、多分、パチンコ店に通うことはしないでしょう。

私はブログのカテゴリーに「パチンコ、スロット」を選んでいるような人間ですが、実はギャンブル関係があまり好きではないのです。どちらかというと、羊タイプであり、「事務職などが天職なのではないか、戦うことや奪い合うことなどに向いてはいないだろう」と、周囲の人も言っております。



 さて、本題に入りますが、タイトルにあるように「パチンコ、スロットに対する私の考え」を述べてみたいと思います。私のスタンスをはじめに表明するほうが、今後、読んでいただく上で理解が早いのではないかと思われるからです。



 私は基本的に、「イカサマのないパチンコ店など、ない」と思っています。(不快に思われる方もいるかと思われますが、お許しください。これが私のスタンスなのです)

ところで、その証明はできるのかと言うと、正直、実に難しい。すべての店を調べ上げたわけではないし、私の通っているお店においても確実な証拠があって断定しているわけでもない。また、そもそも、どこまでがイカサマなのかというレベルの問題もあります。

(ここで、一旦筆を止めて。ブログというものは難しいものだと思いました。私は今はじめて書いているのですが、こうまで文章が長くなるのもどうかと思われるし、また、毎日更新するのも非常に大変なことがなんとなく分かってきました。)


 では、私が、「すべてのお店がイカサマだ」と思うことにしているのはまったくの根拠がないのかというと、そうでもありません。

 まず、座ってポンッと大当たりを引く確率が高すぎるお店があります。数学的な話、あるいは計算式を出してもいいのですが、面倒なので省きます。
 さて、私は強運の持ち主ではありません。なのにもかかわらす、あるお店に行くとそんなことが頻繁に起こってしまう。要するにおかしい。その店では、その日の最初の大当たりを引くまでに、最悪でも、お金が3000円を越すことがない。お座り500円一発は、打ち手にとってこれほど嬉しいことはないので、文句をつけるわけではないのですが、やはりおかしい話でしょう。

 また、そんなお店は大抵、ある程度積むと、ぷつりと台が止まります。これははまりというべきでしょうが、正確に言うと、「その時、目の前の台が、まるで違う台になった!」と思うほどに変わってしまう。例えば、1000回転はまったから、結果として、はまりと言っているのではなく、大当たり後100回転で前もって分かってしまうようなはまりです。実際、そのゾーンに行ったなと思う台は、その後、必ず多大な回転数になっている。そのゾーンか否かで、同じ台なのにもかかわらず、回り方、リーチのかかり方、当然のごとく大当たりの回数など、天地の差があります。完全抽選、自然状態でもありえる現象ではあるけれども、ある店では頻繁に変わりすぎる。(この話は、もっと細かく、詳しく書かないと誤解を与えかねませんが、長くなるので省きます)

 ほかにも、シマ(並んでいる台)を見ていると、大当たりの点き方が不自然であったり、など他にも色々感じることがありますが、同じような話が続くので、ここらへんでやめておきます。


 2 パチンコはボランティアじゃねえ

 さて、イカサマといえば、遠隔などがよく言われますが、それは当然として、台が寝るとかはどうなのでしょう? ほかにも、店が釘をいじるのも、正確に言えばイカサマのような気もするのですが、それは法的に許されているのかどうか。逆に言えば、遠隔は本当に許されていないのかどうか。私はパチンコに対する法律には詳しくないので、知りません。ぜひ、機会があればお勉強したいと思ってはおります。


 私は子供の頃からパチンコ屋に通っていたこともあり、ある店の店長と知り合いであったこともあります。その店長の言葉が今でも忘れられません。彼はこう言っていました、「パチンコはボランティアじゃねえ」
 この言葉が私のパチンコ観に、決定的な影響を及ぼしたのであろうことは疑いの余地もないところですが、それ以外でも、イカサマを感じないお店というものに出会ったことがないので、やはりすべてのお店はイカサマであると思っているわけです。
 実際、イカサマだと思いながらお店に行くことは、別になんら損もなければ不利な要素もありません。仮にイカサマのないお店があったとしても、イカサマだと思ってはいけない理由もございません。思っているだけでプラス、少しでも勝率を良くする考えだと思うので、時々、「パチンコ屋に怒る人、負けてうんざりしている人」などには、パチンコ屋に対する姿勢として、イカサマが前提であることを、私は暗に伝えたりすることがあります。
 すると、中には時々怒り出す人がいます。全くのでたらめを並べるな、と言われれば、私は素直に謝るしかありません。(このブログを読んで不快になった人には、今この場でお詫びしたいと思います。)
 さて、怒る人は、イカサマなどのない世界で打ちたい、あるいは公平な勝負をしたいと思っていることが多いようです。
 私としては、「ぶっちゃけ、勝てれば何でもよし」」と思っています。なので、「イカサマだとは思っていないが、ちゃんと勝っている人」には素直に賞賛と拍手を贈りたい。けれども、「イカサマだと思っていないし、必ず負けている人」には、考え方を変えてみるのはどうか、と提案したいだけなのです。
 
 さて、長くなりましたが、以上が私のパチンコ、スロットに対する考えです。というよりも、基本スタンスでしょうか。
 私はこのブログを通して、世にどんなイカサマがあるのか、どうすれば対処できるのか、色々な人と話し合えたらとも願っています。私一人の知見ではやはり限界がありますし、みなさまの知恵も拝聴できたらと思うのです。

 「長々とした前置きはいらねえぞ」

 私がブログを始めようと思い立った際、ある優しい人から、そんなアドバイスを頂きました。けれども、性分なせいか、やはり、それを省くことが私にはできないようであります。このブログはどんな種類のものか、何をしてゆきたいかなど、内容のあらましをはじめに書くことによって、人様からの誤解を招くようなこともなくなるであろうし、私自身が何かとぶれないで済む、と思われるからです。


 さて、基本的に、このブログでは、「哲学」「歴史」「ギャンブル、特にパチンコやスロットなどを扱ってゆくつもりです。また、今はそれが可能かどうか分からないのですが、できたら「人様の悩み事を聞き、真剣に考え、答えさせて頂きたい」と思っております。


 そもそも、私がブログ立ち上げを思い立ったのは、人様と関わるチャンスが増えると聞き及んだからであります。

 ここ数年来、私は独りぼっちに近い日々を過ごしていました。詳しくは省きますが、死線を何度か彷徨い、
「それどころじゃねえや」という感じでありました。が、ようやく本復しまして、社会復帰と相成ったのですが、はたと気付くと、友人知人がほとんど皆無のような状態、これはまずいと思ったわけであります。

 人間、一人で生きられるものではございません。人様と関わってゆかなくてはならないでしょう。

 また、不治の病のようなものから復活を致しますと、人間はどうも世界、大地、天などに感謝するようで、さらには恩返しをしたくなるものでございます。

 そういうわけで、社会復帰の一環として、あるいは恩返しとして、このブログを立ち上げさせて頂く事にしました。