私の父は……
ろくでもない人だった。
初めて
それに自分で気付いたのは
私が小学3年生辺り。

父は、パチンコに
明け暮れていました。
給料はもちろん
母の小銭入れ、私達子ども
の財布からも取っていた。
母は鞄をいつも隠していた。
これを取られたら
食べていけない。
これが口癖だった。

土木だった父は、
給料が現金だった。
母は、給料日は必ず
仕事場へ行き、父を捕まえ
帰宅していた。
何故なら、金を持たせたら
全て使いきるから。

ある日、母が
しまった!と慌てていた。
どしたん?と聞くと
あの人早退したらしい
もう居なかった。
と、言う母。

ドラマみたいでしょ?
でも、これが
うちの毎月の当たり前。

慌てて近所のパチンコへ。
居ました。半分使ってた。
捕まえられて帰宅。
正座の父。土下座の父。
当たり前の光景。

朝、一緒に仕事場へ行き
お願いします。と首根っこを
掴んで社長さんに渡す。
帰り、ありがとうございます
と首根っこを捕まえ
一緒に帰宅する私の両親。

母は仕事してたから
朝夕付いてくのは
しんどかっただろうな。

父は、金が無くても
パチンコしたいから
行っちゃうんです。
落ちてる玉、地道に拾う。
そんな父でした。
だから、月の半分は
父は、いませんでした。
酷い時は半年はいない。
給料持ってとんずら。
これも、我が家には当たり前。

仕事場の社長さんは
情けでいつも仕事くれた。

だから、兄が金が
無くなったって言った時、
お前じゃね?
って、すぐ思った(笑)

小学5年生、母が小銭入れ
が無いと騒ぎだした。
私、すぐにお前じゃね?
って思ったよ。
でも、違うんだって。
何と、私のせいにされました。
こんな、ろくでもない
男が良いんでしょう母は
私を犯人にしました。

それまでも、家族に対して
期待とか温かさとか
感じてなかったけど
小学5年生にして
家族に期待するの辞めました。

結婚して家を出た私。
昼間ピンポンと
鳴るインターホン。
父でした。
金を貸してほしい。

初めは1000円。
味をしめた父は毎日来た。
2000円。5000円。
何でか渡しちゃった。
母はと言うと、
渡したアンタが悪い。

離婚後、元だんに言われて
初めて知ったこと。
俺、お父さんに金貸しとるで
二万か三万か覚えてない。
いやいや、どんだけ?

元だんの所へも何度か来て
元だんには、5000円
単位で貸してくれと
言ったそうです。
三万じゃきかんだろ。それ。
ホントごめん。
今でも思います。。

元だんにだけは返せよ。
何回も言ったけど
未だに返さないダメダメな両親
元だんは、いいよもう。
と言ってくれました。
ホントごめん。

兄が金が無いって騒いだ時の
母のセリフ
ちゃんと返し??
借金してでも返し?

私は父を睨みました。

父はずっと下を向いていた。
お前しかおらん。と
言う兄は、何か裏でも
あるのかと思う位
誰も疑わない。
私しか責めなかった。

母も、私と決めてかかり
借金してでも
分割にしてでも返しなさい
今ならまだ、遅くないから
謝りなさい。

お母さん……
私はアナタを信じてたのに。

もう、家族が何かさえ
私は分からなかった(* ̄ー ̄)
そして、縁を切りました。

パチンコは、良いと思うよ。
好きな事はしたら良いよ。
ただ、仕事に影響したり
生活犠牲にしたり、
お金麻痺したらダメだと思う。

家族は、大切にしなきゃ。

ね。。